交響詩篇エウレカセブン 劇場版制作決定
◇交響詩篇エウレカセブン:劇場版アニメ化決まる テレビ版と同じスタッフで(まんたんウェブ):05年に放送されたSFアニメ「交響詩篇エウレカセブン」の劇場版アニメが制作されることが明らかになった。公開日は未定。
おお!ついに劇場版が!
これは、ビッグニュースですよ!
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◇交響詩篇エウレカセブン:劇場版アニメ化決まる テレビ版と同じスタッフで(まんたんウェブ):05年に放送されたSFアニメ「交響詩篇エウレカセブン」の劇場版アニメが制作されることが明らかになった。公開日は未定。
おお!ついに劇場版が!
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1年間にわたり放送された「エウレカセブン」、最終回はこうでなくちゃいけない、という最高の最終回でした。
デューイの戦いの真意も、コーラリアンを滅ぼし人類の世界を取り戻す、ということではなく、地球そのものを無くしてしまおうということだったらしい(汗)。
1万年前にスカブコーラルによって蹂躙され、滅茶苦茶に歪んだ世界を「粛清」し地球の「尊厳」を守ること、ということ。何だかよくわからない言い分ですが、確かに、我々の世界には争いは常にあるし、不条理なことや納得できないことも沢山ある。そういうものにぶちあたって悲嘆にくれたり、自分の口惜しさを誰かにぶつけるために誰かを、何かを憎んだりしたりする。自分の思い通りにならなくて憤ったりする。
そういう世界への憎悪や苛立ちの行き着く先が、デューイのように「歪んだ世界を粛清する」という思想だったんでしょうね。アゲハ隊の少年たちも「ワルサワの民族浄化」によって望まれず生れて来た子供であった(これはリアルの世界でかつて起きた「ボスニア紛争」における民族浄化というおぞましい事実をベースにしていることは間違いないでしょう)という、「世界を憎悪」するのに十分すぎるほどの理由をもっていたわけです。しかし、自分としては、デューイの独善的な理由づけよりも、アゲハ隊の彼らの悲しみの方が共感できる余地はありますがね。
では、「世界を憎悪する」のに理由があった彼らが、それを根拠にして今の世界に見切りをつけることに、果たして理があったのでしょうか。ちがう、でしょう。それは、彼らにとっての「世界」が憎悪すべきものであっても、「世界」はやっぱり素晴らしい、彼と彼女、僕とあなたが出会う世界がかけがえのないものだと思う人々が確かにいるということであって、彼らの世界への接し方は一面的なものでしかないし、それこそ「歪んでいる」。そして、「世界もそんなに捨てたもんじゃない」という一筋の希望があるからなんですよね。その一筋の希望が「エウレカセブン」におけるレントンとエウレカであったのだと思うわけであります。
司令クラスターを破壊した後、エウレカとアネモネを「代理クラスター」にして自壊プログラムを仕込む、というデューイの最後のカードには驚きました。ですが、エウレカは「代理クラスター」になることを拒み、「レントンに会いたい」という強烈な想いで消えそうになる自分を保とうとする。
そして、レントンは・・・
「聞いてよ、ニルヴァーシュ。お前がオレの家に落ちてきてから、オレ達はずっと一緒に旅をしてきたよな。いろんな人に出会って、別れて・・・。オレにはとても大切な思い出だよ。でも、この旅にはいつもエウレカが隣にいたんだ。ずっと一緒に旅をしてきたんだよ。なのに・・・なのに・・・。お願いだよ、ニルヴァーシュ。
オレはこんな結末は嫌だ!オレの隣には、エウレカが必要なんだー!」
ニルヴァーシュのアミタドライブを発動させて真のニルヴァーシュを目覚めさせる。このシーンは最高にエキサイティングでしたよ。
「I CAN FLY!!!!」
虹色の軌跡を描きながら飛ぶニルヴァーシュ。
エウレカのいる球体に突入して、レントンとエウレカは再び向き合う。
「君がこの星を守るために、コーラリアンでなくなることを選ぶんだったら、オレも人間であることをやめる。オレは君と出会えたこの星が大事だし、この星に生きるみんなも大切だ。でもオレは、そのために君を失いたくない。一つになろう、エウレカ。君を一人ぼっちになんかさせないよ。」
「うん。レントンと一緒なら耐えられる」
くー!もうなんだかんだ言いませんよ。二人が育んできたものが、最高のものに昇華した感じ。それは二人の間からあふれ出た力が、世界を動かす力となる瞬間でありました。
すべての存在は地球上に存在することができないため(クダンの限界)、地球に存在するコーラリアンはニルヴァーシュとともに別空間に移動を開始。よりよい進化をとげて、コーラリアンと人間が一つになることができる未来を信じて、真の共生の道を互いに模索していくことになった次第です。人間とコーラリアンの戦いの深い傷を癒し、再び人間とコーラリアンが出会う世界が来ることを願う、そんな希望に溢れていました。レントンとエウレカはニルヴァーシュが言い残したように、人々に人間とコーラリアンの共生への道を示し続けるでしょうね。
そう、世界は捨てたモンじゃない。
「エウレカセブン」、最高のドラマでした。
そりゃぁネ・・・素敵な恋だってね、そういうのできれば、ホント、最高なんだけど・・・・そう・・・サイコー。だけどなんだかね・・・ホント、あーあ、ってカンジ・・・ホント・・・あーあ・・・
気になる人?・・・いた・・・ウン。過去形・・・。今更伝えておけばよかったって思ってる自分にちょっと自己嫌悪。もうどうしようもないのにネ。
もしまた今度生まれてくることができたら、今度はもっと器用な人間に生まれてきたいな・・・
もう、どうしようもないのに・・・なんだか、自己嫌悪・・・・。
オラトリオ№8でスカブの大地に開けた大穴に突入して、司令クラスターへの攻撃をしかけるアネモネですが、もうどうにでもなっちゃえ、というカンジ。でも、涙流しながら自分の気持ちを反芻して、本当はドミニクに会いたいと心の底から思う。虚無的で刹那的だったけど、最後の最後にドミニクが好き、生きたい、という自分の気持ちに気づいたのでありました。切ない。切なすぎて、レントン達もアネモネの気持ちに共感。
もし、この戦いが終わって生きていてもいいと言われたら、小さな鏡を一つ買って微笑む練習をしてみよう。何度も何度も練習しよう。もう一度会うために。
もし、誰も傷つけずに生きていていいと言われたら、風にそよぐ髪を束ねて大きな一歩を踏みしめて、胸をはって会いに行こう・・・生きていたい・・・ありがとう、を言うために・・・生きていたい・・・たくさんの気持ちを送るために・・・
でももう遅い、と思ったら空からドミニク降って来た。
「アネモネー!」
「ドミニクー!」
黒いジ・エンドが真っ白なLFOに変わる瞬間、鳥肌立ちましたよw
アネモネの気持ちに応えたジ・エンドが、ドミニクのもとにアネモネを送りとどける。
これは、レントン・エウレカの空中でのあの感動的再会シーンを彷彿とさせます。レントン-エウレカ、ドミニク-アネモネは対比されるポジションにありますが、両者ともに最高の形に関係が昇華された次第であります。
「エウレカセブン」屈指の名場面となるでしょう。
「一緒に生きたい、ドミニクと」
「生きよう、一緒に」
「生きよう、一緒に、この星で。みんなで生きよう」
“共に生きる”という言葉が何度も繰り返され、これが「エウレカセブン」の中心的テーマであることが“宣言”されたのであります。
最高の演出、最高のストーリーでハッピーエンド、といきたいところですが、最大の危機はまだそこにあります。
オラトリオ№8の再攻撃で、司令クラスター消滅!?
来週は最終回1時間スペシャルで、怒涛の展開が待っている!
つづく!
今回の話は、「生き物」であるスカブコーラルの真の意図が明らかになり、ダイアンやアドロックがいったいどうなっていたのか、というのも明らかになり、ついでに、人間とスカブコーラル(コーラリアン)との共生は如何にあるべきかが明示されたように思える究極の一篇でしたw
今まで46話もかけてレントンとエウレカの物語が綴られてきたけど、二人の物語がやがて「地球」における人類とコーラリアンの共生という壮大なストーリーへ収斂していく、このダイナミックな展開が素晴らしい。
スカブコーラルの中心で交わされたレントンとダイアンの会話も結構「深い」話もあったりして、「エウレカセブン」は非常にしっかりと作られたアニメだなと改めて感心させられます。
スカブコーラルが1万年前に宇宙から飛来した生物であり、まず海中の生物をとりこむことによって「融合」し、それらを繰り返すことによって、ついには地球全体を覆ってしまいました。地球の周りをスカブが覆っていた、というのは、多くのブログで推測されていた通りであったようですね。
でも、スカブはなぜ、そんなことをしたのか?ダイアンの話によると、スカブコーラルのコミュニケーションの手段が唯一「融合」することであったからだそうであります。
人間とコミュニケートしたいと思っても、スカブは「言葉」がないわけだから、「融合」=みずからの「身体」に取り込むことによって、意識下で人間と対話するしかなかったということなんでしょう。
でもスカブコーラルが自分なりの「対話」を積極的にするうちに、地球上の生物をどんどん融合していって、人間はスカブコーラルを「脅威」と考えて恐れ、地球を離れてしまった。で、完全に地球を覆ってしまったときに、初めてスカブコーラルは気づいた。宇宙の虚空の中で一人ぼっちになってしまった、と。「対話」できる者の存在が如何に大切かを知ったわけであります。
そして、何千年か後に、人間が地球に戻ってきたときに、スカブコーラルは「慎重に」人間との対話を再び試みようとしたわけですね。地球上で自分(スカブ)と人間が共生するにはどうしたらいいか。で、スカブは、その可能性を探るために、人間の姿をした人型コーラリアンである、エウレカとサクヤを人間サイドに送り込んだわけであります。
1万年前の「融合」による対話で一度失敗してしまったスカブコーラルは、エウレカを生み出し人間という「他者」に歩み寄ろうとしたんですよね。エウレカ=大地の意志だったわけで、とても壮大な話です。
スカブコーラルが「融合」ではない、別の方途で対話を試みようとしたのは、正しい選択でした。というのも、「融合」というのは、真の共生には至らないからであります。
スカブコーラルの中心にいたダイアンあるいはアドロック、その他の人々はスカブコーラルに取り込まれてしまって、おそらく人間としての身体はもはやない、と考えます。スカブコーラルの中で、「意識」や「精神」という曖昧な存在になってしまっているのです。その人々の「意識」でさえも、スカブコーラルの意識と「融合」して、さらに、お互いの意思や感情も「共有」している、といいます。スカブコーラルはそれで人々と意識下で「対話」をすることができ、「意識」を共有して自らの考えも感情も互いに知ることができるから「ウソ」のない、静寂な「意識」の世界にいることができる。
戦いもない、憎しみあいもない、スカブの「意識」の中で生きる。それも一つの「共生」の姿なのかもしれません。ダイアンは自分の意志でスカブの中にとどまっていると言っていました。だとすると、ダイアンはスカブコーラルの「融合」を「共生」ととらえているのでしょうか。
でもそれでいいのか、と思いますね。「共生」とは何か。異種の生物が一緒に生きることであり、それぞれが個体としての存在を保ちながら、相互に交流していくことでありましょう。レントンとエウレカは、まさにそれが可能であることを示したのであり、人間とスカブコーラルが目指すところは上で言った意味での「共生」でありましょう。
それに、ダイアンにしろ、アドロックにしろ、みんな「生気」がないですよ(汗
だから、レントンは決然として言い放った。
「スカブコーラルの意見はもういい!わかった!オレはお姉ちゃんの意見が聞きたいんだ!」
でも、目を伏せて押し黙るしかないダイアンでした。
レントンは、エウレカとこの地球の上で生きていく、と力強く宣言。スカブコーラルの指令クラスターへの攻撃によって、地球上の全スカブコーラルが目覚め、「クダンの限界」を超え、宇宙の裂け目に地球も人間もスカブもすべて飲み込まれて無に帰す、という未曾有の危機を絶対に阻止すると、スカブコーラルが人類全体を「融合」することに異を唱えます。
ここで、レントン、エウレカ、二人のセリフがシンクロしているところ、感動もんですw
スカブコーラルはレントンとエウレカの二人に、すべてを委ねることにしました。
次回は、ニルヴァーシュに乗って、再びスカブの大地の上に戻り、指令クラスターへの攻撃を阻止!
アネモネはいったいどうなる・・・という感じです。
つづく!
デューイはついにスカブ・コーラルの中心を探し当て、スカブコーラル殲滅の最終段階へ。デューイの動きを察知したホランドたちはゲッコー号と戦艦イズモでそれを阻止すべく発進。
ホランドたちへの怒りも、今は目を瞑り、やるべきことをやる。憎悪と怨念を越えて戦いに赴かねばならないKLF隊員の苦渋がちょっと切なかった。世界が終わるかもしれない、という未曾有の危機を前にしては、憎悪も怒りも瑣末なことなのかもしれません。
戦艦の色を「赤」にしろ、というユルゲンス艦長。
熱いです。
一方、左腕の傷がもとで高熱を発したレントン。それを看病しているエウレカに変化。背中に「羽」が生える。みんなとは違うんだ、と自らを恥じるエウレカだけど、「きれいだ」というレントンに感動。
「ずっと一緒にいよう」
と互いにひしと抱き合うシーンはグッときました。
嵐の去ったあとに、巨大な「琥珀」が出現。その上にはいくつかの足跡が。
ニルヴァーシュはこのときを待っていたとばかりにひとりでに変形。レントンとエウレカ、そして子供達を乗せて海を渡り、巨大な柱にたどり着く。
スカブコーラルの中心、みたいです。
そして、レントンが目にした人影はダイアンでした。おねーちゃん、やっぱりいたよ、と思いましたが、ダイアスパーさん(山猫さんブログ)では、コーラリアン側が調停のために代弁者としてダイアンの姿をとって現われたと考察されています。
次回「アクペリエンス・4」で、いよいよ「大地」と対話するようです。
物語の核心的部分が明らかになりますね。
つづく!
エウレカに身に起きた変化。
あたしがあたしでなくなる。結局、レントン達とは一緒になれないんだ。レントン達とは違う「生き物」だったんだ。
ちょっと自暴自棄になったエウレカはそんな悲しい気持ちを吐露。
レントンはエウレカの心を慮れなかったことに涙を流し、エウレカの緑色に発光する腫れた左腕と同じように、自らの左腕を傷つける。
く~、泣けるな~。
「約束の地」に来てから、未だ何をしらいいのか全然わからない閉塞状況で、それに追い討ちかけるようにエウレカの身に起きたことは、レントンとエウレカの絆が崩れてしまうのではないかという懸念さえあったわけですが、う~ん、これはやはり愛の力なのでしょうか。お互いの存在を無くてはならないものだというところまで行っている結びつきは強いですからね。第1話から築き上げてきたレントンとエウレカの絆はそんな簡単に断ち切れるものではないと思った次第です。
しかし、エウレカを「ママ」と慕う子供達にとっては由々しきことでもあって、レントンにママをとられてしまう、と思っているわけで、レントンとエウレカが寄り添うのを目の前にして、子供達とくにモーリスの怒り爆発。
「(僕達の)本当のママを殺したくせに」「ママはずるい」
子供らしい残酷な言葉(汗。エウレカを「束縛」する決定的な言葉ですよね。
親を殺された子供達が拠り所にしていたエウレカに見放されると思い込んだのでしょう。自分らの親を殺した少女を「ママ」と慕う、一見ねじれた関係だったけれども、モーリス達は本当にエウレカのことが好きだったわけであります。
モーリスはレントンに銃を向けるが
「わたしも、モーリスたちのこと、好きだよ」
とエウレカに優しく諭されてあとはただ号泣。(泣)
ふと思うに、「エウレカセブン」の全編を通して、「崩れかけたものを再生させる」というプロセスが描かれているように思います。壊れそうになっても、壊れてしまっても、再びそれを修復する。そういうエネルギーみたいなものがこの作品にはあります。
レントンやエウレカの関係性も、構築、崩壊、再構築、と大小さまざまな「再生」を反復しつつ、一つ一つ積み上げていっている。
こういうの好きです。
さて、「地上」では。
「アネモネ」がどういう少女だったかを知ったドミニク特務大尉と、ドミニクとともにノヴァク財団の施設で行われていたものを目撃したユルゲンス艦長は、ゲッコーステイトと会談しデューイの「嘘」と今世界で起きつつある「真実」を知り、軍に反旗を翻す。
予想通りの展開ですが、なかなか燃えます。
人々のため、と大上段に構えたドミニク大尉が最後に「アネモネを助けたい」と真情を明かしたとき、ゲッコーステイトの面々に「そういえば同じようなヤツがいたよなー」と言わしめ、レントンをオーバーラップさせるのでありました。
グッドです。
レントンとドミニクはこれまで対置的な位置にあったのですが、ここで、ほぼ同一ポジションに帰着。最終回に向けてじょじょに気分が盛り上がっていきます。アネモネを無事助けることができるか!ドミニク大尉。
つづく!
ゾーンを抜けて、「真の約束の地」(であろう)に着いたはいいけど、レントン達はどうしたらいいかわからない。きれいな海や森があるけれども、ただそれだけ。それだけがレントン達の前に広がっていて、何をどうせよ、とか、君達はこうすべきだ、とか教えてくれるものは何もない。世界は「沈黙」したままである。
エウレカも沈うつな表情を隠さず、レントンはうろたえ、子供達も二人の不安を敏感に感じ取り、一番年上のモーリスはレントンに自分の苛立ちをぶつけてくる。
手詰まり状態のレントンは、ホランドが「何かあったら使え」といったものを取り出してたのですが、それは一丁のライフルでした。
でも、これ、今は何の役にも立たない。無為自然の世界では、銃やLFOといった人為的なものが全く用を為さない、ということが象徴的な意味合いを帯びているように感じられ、ここら辺の演出は個人的にナイスでした。人間のいない静謐な世界。いったい、ここで自分たちが為すべきことが本当にあるのだろうか?という疑念が、レントン達の心の中でさらに増幅されていくように感じられます。
ここには何もない。でも、元の世界にも戻れない。
「真の約束の地」で、レントン達は目的が見つからないまま、彷徨するのでありました。
しかし、エウレカの変化、は少々深刻なようであります。
コーラリアンであるエウレカはスカブコーラルと同質の個体であり、この地球とおぼしき「約束の地」においてはスカブは存在しないとすれば、異質な身体をもったエウレカは「約束の地」の上では人の形状を維持できないのでは?と思ったり。
ノヴァク財団、デューイがいったい何をしていたのか今回明らかになり、アネモネに代わるパイロットを選抜する任についていたドミニク大尉は衝撃を受ける。
人工的にエウレカのようなコーラリアンを造り出そうとしていたんですね・・・
コーラリアンと戦争をするのに、人民の命を一顧だにしないデューイのやり方をドミニク大尉に問い質したユルゲンス艦長(この人もチョイ役ですが、最終話に向けて何かやってくれそうな予感)が印象的でした。軍の一部がデューイに反旗を翻す、なんて展開を予想している次第であります。
つづく。
ゾーンを抜けたレントン達が降り立ったところは「地球」でした。
空の間から木漏れ日のようにチラチラと光が見えたりして、しかも空には幾つもの「柱」がそそり立っています。タイトルの「アンダーグラウンド」のとおり、この「地球」は別の宇宙空間にあるのではなくレントン達の星の地下にあるということでしょう。
この地球の周りに巨大な膜のようにスカブコーラルが取り巻いて大地を造り、その上にレントン達人類が住んでいる、と想像してみました。あの空の柱は、地球を覆うスカブコーラルの大地を支える支柱みたいなものでしょうか。
そして、子供達が拾った「琥珀」には指輪が閉じ込められていた。
琥珀は松とかの針葉樹の樹液が何千万年もかけて石化したものですから、この「地球」では相当な時間が経過しているようです。
自分達の大地の下に、人類発祥の星である地球があったこと。
う~ん、なんだか壮大なことになってきました。
いろいろ妄想がふくらみますね~。
レントン達も不安や戸惑いを隠せなくて、微妙にギクシャクし始めています。
つづく!
ついに「ゾーン」を突破するレントンとエウレカ。
サクヤが彼らを送り出すために結界を解き、それに気づいたデューイが抗体コーラリアンを出現させ、タイプ・ジ・エンドを投入したけど、ホランドたちゲッコーステイトが奮闘して無事彼らをゾーンに向かわせる。
行きなさい!あんたたちは、私達の未来の希望なのよ!
人間だけではなくこの星に生きるすべての生命のため、というのがグッときます。
どちらかが滅びるしかない、のか、それとも共に繁栄していくのか。互いに相手を滅ぼす道を行く人間とコーラリアンとは別の、共存への道を模索しようとするのがゲッコーステイトであって、彼らはその手がかりをゾーンの向こう側に求めていたということなんでしょうかね。
ゾーンの向こう側に何があるかまったくわからないけど、希望はきっとそこにある!
と信じたいのですが、エウレカとレントン(とどさくさに紛れてついてきてしまった子供たち)はゾーンの突破に成功し、大きなトンネルを抜けた先に見た世界・・・・
青い星の上にあるあの見慣れた形。
日本列島でしたが・・・
次回以降の展開が楽しみであります。
つづく!
ヴォラダ宮の地下にいる蓮の蕾の姿をした「サクヤ」さんとエウレカが会う話でした。
で、「サクヤ」さんは蓮の蕾の中に招き入れたエウレカに、自分とノルブ師との出会いと顛末を話して聞かせます。
蓮の中から「サクヤ」さんが現われるのかと思いましたが、どうやらノルブとゾーンの先へ行こうとして失敗し、「蓮の蕾」に姿が変わってしまったようであります。少年ノルブが「サクヤ」の気をひこうとして膳に添えたのが「蓮の蕾」で、ノルブと「サクヤ」の二人の絆を象徴するのが「蓮の蕾」だったからでしょう。
そこには「サクヤ」の「意識」(といったらいんでしょうかね)はあって、蕾の中に招き入れたエウレカと「意識」の世界の中で会話をしていました。
「意識」下の中でエウレカとサクヤが会話する場所は「図書館」。いっぱい本棚が並べてあり、ぎっしり本がつまっていますが、エウレカがその中の一冊を手に取ると真っ白。真っ白な本を手にするシーンは以前にもありましたね。今回も再びそれがリフレインされています。
「真っ白な本」というのは、今までのレントンと出会った頃のエウレカであり、「空虚」を象徴しているように思えましたが、レントンとの心の交流をとおして、人が感じる喜怒哀楽の感情を持つようになり、人を好きになることを知り、人が人から生まれるということに感動して、そういう経験を経て「空虚」だったエウレカの中にいろいろなものが刻まれていったわけであります。
今のエウレカは、人と一緒に生きることに喜びと幸せを感じている、と思いますね。
で、今回の真っ白な本の中に書かれたのは、でっかい「ハートマーク」。今のエウレカの「全て」がその「ハートマーク」に凝縮されている、と思うとなんだかとっても微笑ましく思う次第であります。
「サクヤ様はなんて?」
「幸せになれって」
エウレカが「顔のキズを治してあげようか」と「サクヤ」に言われたけど、やんわりと、これが自分の生きてきた証だからと断ったのは、今までの真っ白だった自分も今の喜びに満ちている自分も全てをしっかり受け容れている、ということなんでしょうね。これぞ「自己肯定」の強さ。
でも、そんなエウレカへのご褒美だったのか、すっかり顔のキズもなくなって、眉毛が復活しました。
「サクヤ」さんの優しさを感じました、はい。
さて、ヴォダラ宮の外では、軍の急襲でホランドたちがピンチ。
最終回に向けて面白くなってきましたよ。
今週のエウレカセブンも面白かったですね!
OPも新しくなり、いよいよ、この星の命運をかけた戦いに突入していきますよ。感動の最終回、になると期待したいですね。
かつて自分が虐殺したボダラクの人々とともに、「サクヤ」に会いに行く。エウレカにとっては、つらい再会の時でしたが、その彼女を優しく受けいれたティプトリーさんにすがって涙を流すシーンが一番よかったですね。
許しと癒し。
コーラリアンと人間の戦いにもそんな結末があると思いたいところです。
ノルブ師の<対>であった「サクヤ」とはどんな「ひと」なんでしょうね。
もっと書きたいことがあるんですが、今週は以上で。
あっと、もう一言。
「あれがサクヤだ」とノルブ師が示した先には、「蓮の花」がありましたが、「蓮の花」から連想されるのは「ブッダの誕生」。おいおい、「天上天下唯我独尊」とか言って、「サクヤ」さんが出てくるのか?、ちょっと苦笑いしてしまいました。
「エウレカセブン」で「世界観」が語られると途端に話が小難しくなってしまうのですが(前回の話がそうでした)、今回はレントンとエウレカをして彼らにとっての「お父さん」を語らしめ、ハートウォーミングな内容でした。
秀逸です。というか、感動モンです。
「グレートウォールの先にはそれ(未来)がある」とアドロックから聞いた話をレントンにするエウレカ。
「父さんのこと、知ってるの!?」と驚くレントン。
顔も覚えていない。家を空け、研究に没頭し、家族を捨て、「世界を救った英雄」。レントンにとってはアドロックは遠い存在だったんですよね。英雄アドロックの子と言われても違和感があっただろうし、反発さえした。しかし、心の底では「どういう人だったんだろう」とちょっぴり知りたいとも思った。
これまでの話で、レントンの中でアドロックの影はちらついていたんだけど、エウレカの一言で一気に「父さん」への想いが噴出したわけで、正直な自分の気持ちに気づいたことで、レントンの心のわだかまりが一つここでクリアーになった感があります。
エウレカから語られたアドロックの最後の言葉。
「自分には守らなければならない子供たちがいる。だから世界を破滅させるわけにはいかない」
思い起こせば、アドロックのことは他人に語られたものでしかなかったんですよね。アドロックはこういう人だった、こういうことをした人なんだ、と。アドロック自身の言葉を身近で聞いて、その言葉そのものを語ってくれる人がいなかった。レントンはエウレカからアドロックの「言葉」を直に知ることによって、今まで希薄だった「父さん」という人がものすごく近しいものになったと思うんですよね。ああ、やっぱりオレってアドロック・サーストンの息子なんだ、と。
う~、ええ話ですわ。
一方、エウレカの視点から考えてみるに、エウレカは人間としての「情緒」を身につけはじめているけど、まだまだ「情緒」の機微っていうものに理解が追いついていかないがゆえに、レントンが何故それほどアドロックにこだわるのかわからなかった。
彼女にとってのアドロックと、レントンにとってのアドロック、というのは確かに違うものであります。エウレカにとってのアドロックというのは、単なる人間の一部、だったんでしょうね。
しかし、タルホに新しい命が宿りホランドがその新しい命の父親となったことを知ったときに、人と人が「対」になって命が生まれることにエウレカは驚き、そして、「母」と「父」の間に「子」があること、つまりアドロックがレントンの「父」であることが、ようやくわかったわけであります。
ホランドとタルホ(ついでに彼らの子供)を自分の目で見ることによって、アドロックとレントンが「父と子」であることを実感できたわけなんですよね。
そして、レントンの気持ちをちょっとだけ傷つけてしまったことにも気づくことができた。
エウレカは人間的な感情を持ちはじめたけれども、でもやっぱりそれだけではダメで、人と人の繋がりというのはまず第一に相手とのコミュニケートであって、相手を理解しようという気持ちが大事だと思うわけで。
最終クールに向けて、レントンとエウレカは、二人の間にある障害を一つ一つ乗り越えていって、着実に歩んでいるようであります。そこに常にあるのは、「互いの気持ちを思いやれる」ということなんだと思う。それがグレートウォールに挑もうという二人には大切なことなんですよね。
人間の「情緒」、と書いたけど、男と女の間にある「情緒」というのもあったりして、レントンが女の子に興味を抱くのもこれまた自然なことです。この場合は「情緒」とは言わずに「情動」というのでしょうが。
さて、クーデターを成功させた(あり?もう蜂起してたんですか!)デューイは、三賢人体制を転覆し、世界の指導者の座につく。
これに対して、RAY=OUTの再創刊号の表紙にあの「夕映えの中、ボードに乗るレントンとエウレカ」の写真を掲載し、「世界の未来」を訴えようとするゲッコー・ステイト。この小さな波が、「ビッグウェーブ」となるかどうか。
グレートウォールの先には未来がある。
つづく!
そろそろ第3クールが終り最終クールへ突入する前に、いったい世界で何が起ころうとしているのか?を明確にしておこう、といった所でしょうか。
ドクター・ベアとノルブ師の対談で、科学と宗教の両端から「スカブコーラル知性体仮説」が明らかにされ、今は眠りのまどろみの中にいるスカブコーラルをすべて覚醒させれば、「グレートウォール」が星全体を覆い、この星がなくなってしまうという破滅への道が示された次第。
知性体の飽和状態は「グレートウォール」を出現させる、ということ。知性体がこれ以上この星に現われると、「パンク」しちゃうってことか。う~ん、何だかよくわかりませんが。
この「グレートウォール」というのが、空間がねじれ、あらゆる物理法則が成立しない、というシロモノらしい。つまり、「ブラックホール」ですか?
そんなものがでてきちゃったら、星そのものが消滅してしまいますね。
デューイはそうなる前にスカブコーラルを殲滅してやろうと目論み、ゲッコーステイトはスカブコーラルとの共生の道を探る、という対立構図がありますが、スカブコーラルを殲滅するかそれとも共存を果たすか、という問題の前にさらなる「グレートウォール」の出現は食い止めねばならんでしょうね。
ただ、アドロックがかつてエウレカに語った「グレートウォールの先には未来がある」という言葉が、未曾有の危機に際して、レントンとエウレカの道標となる予感大ですね。
アドロックとエウレカは出会っていた、という事実は、レントンと父親の「世界の命運」を巡る意外な繋がりを想起させて、何やら熱いものを感じさせます。記憶もない父親のことをどこか疎ましく思っていたフシがあるレントンでありますからね。
さて、スカブコーラルの殲滅を目論むデューイは、巧みな「情報操作」によって大衆の「賢人会議」への不信を煽り、さらに自らへの支持を取り付け、も~やりたい放題しちゃうよ~。アドロックの構想、というのも歪められてしまっています。
「大衆=愚民」という主張は、権力者あるいは扇動政治家の常套句だけど、まんまとデューイの扇動にのせられてしまう人々を見て、我々視聴者は「ああなっちゃいけない」とか思ったりする(ストーリーとはちと関係ないけど)。
いよいよ、クライマックスに突入ですよ。
世界の命運やいかに。
そして、エウレカはいったいどうなっちゃうのか?
これから毎週毎週が楽しみですね~
つづく!
どうしちゃったんですか、「エウレカセブン」!
第3クールに入ってからというもの、毎回毎回がまさに「珠玉」の回のオン・パレードです。
ホランドがレントンに自身の初恋の話を聞かせる。「初恋の人」とはレントンの姉・ダイアンだった、というのは視聴者側は殆どわかっていましたが、レントンに直接話すのはこれが初めてです。
ダイアンと初めて出会った時のこと、初デートのこと。ここで、レントンが姉の靴を隠して困らせたことがあったが、実はホランドとのデートに出かける時の出来事だった、ということが明かされ、レントンとホランドの思い出がリンクしたのであります。レントンとホランドの間には「ダイアン」という存在が媒介としてあったんだけど、それが「思い出」という触媒によって一気にレントンとホランドの繋がりが加速した感があります。う~ん、実に感動的です。
そして、父が消えたことの理由を追い求めたダイアンがスカブコーラルの研究に熱中するあまり、じょじょに精神的におかしくなりはじめ、行方不明となったこと。姉の行方がわからなくなった真相も明かされます。
ホランドが自分が見て・聞いて、体験したことをレントンに話して聞かせる、これは「父性」の表れだと自分は思いましたね。ただのガキだと思っていたレントンが、いまや世界の行く末を左右する「鍵」となりつつある。成長著しい「子供」にこれから起こるであろう出来事のために、父親が自分の経験したことを話すのってありますよね。
人を殺してまで先に進みたくない、というレントンに、自分はもうこういうやり方でしかできないけど、お前は自分の信じたやり方を貫け、というホランドは「父親」ですね。
さて、一方エウレカはスカブに取り込まれたときにできた額の傷とかがちょっと気になる。きれいな顔になりたい、と思う。レントンにきれいといってもらいたい。自分の容姿が気になりはじめたエウレカの心情変化とか、相変わらずきめこまかいです、描写の仕方が。なんだか、とってもいじらしいですよエウレカ。
そんなんでギジェットに化粧品の使い方とか教えてもらい、艦内の女性達のメイクを観察して、はじめての化粧に挑戦しますが、ピエロの如く滑稽なものに仕上がってしまいました。
皆一様にあんぐりして、エウレカはそんなみんなの反応に傷ついてしまう。部屋を飛び出すエウレカ。「追いかけなさいよ!」とレントンを叱咤するギジェット。(このシーンのギジェット、ええわ~)
レントンは何でエウレカがいきなり化粧などしたのかようやく気づいて、「そのままのエウレカが大好きだ」とエウレカに言うんですが、全然歯の浮くようなセリフに聞こえない。二人が互いの気持ちを思いやって本当の「対」になっているってことなんでしょうね。
で、タルホさんは、エウレカに年相応の化粧を施してあげて、自分の化粧セットをあげる。
娘と母親ってこんな感じなんでしょうね。
ホランドが「父」なら、タルホさんは「母」ですよ。く~、感動です。
今年のエウレカセブンは今回で終了。
デューイが何やら着々と準備を進めているようでありまして、年が明けてからは、スカブコーラルと人類の戦いを巡って、ハードな展開が待ち受けている予感すらします。
それでは、エウレカファンの皆様。よいお年を。
つづく!
首都で拘束されているヴォダラクの高僧・ノルブ師を救出するため、ゲッコーステイト総員で作戦決行。全員のコンビネーションが作戦成功の鍵です。
首都の防衛線を突破して、迎撃してくる軍のKLFを圧倒しながらノルブ師の元へ一直線。
自分のなすべきことを見出してからというもの、ホランド、格好よすぎです。そしてタルホさんも。
ねだるな。勝ち取れ。さすれば与えられん。
この言葉は「教訓」じゃなくて「信念」の言葉なんですね。これまで何度も聞きましたが、ようやくこの言葉の真の意味がレントン、ホランドたちの行動にうまくマッチするようになってきた気がします。
人間とコーラリアンの戦いを終わらせるために必要となる人物・ノルブ師の救出作戦のため首都に侵入しましたが、逃げ惑う人々の中に小さな子供を見つけたエウレカは戦いに対する不安と恐れを感じて萎縮してしまい、ニルヴァーシュを方向転換させてしました。
エウレカがだんだん喜怒哀楽という感情を表に出すようになってきたことは、一つのエウレカの変化の表れでもありました。さらに、誰かを傷つけることに恐怖さえ感じてしまうエウレカのこの変容振りは「エウレカの変化」の極致だと思う次第です。
以前の顔色一つ変えずに人を殺してきたエウレカはもういませんね。
レントンとの出会いが彼女を変えてきたことは言うまでもありません。
戦うのが怖い。誰かをもう傷つけたくない。こんなに苦しい思いをするならいっそのこと、この場から逃げてしまえばいい。こんな風に「戦いに怯える」、ということも「人」により近い存在となりつつあることの証であります。
痛いな~。
で、ここでレントンは優しく諭すんですが、ここのシーンがこれまたグッとくるわけです。
エウレカが戦いたくないならそうしてもいい。それも一つの選択肢であります。しかし、自分たちが戦わないでいても、世界は変わらず戦争をするだろう。人間とコーラリアンの争いはつづくだろう。だから自分は戦う。
「エウレカとニルヴァーシュとなら、この戦いをとめられるかもしれない。」
世界も未来も「絶対的」というものがない以上、レントンの「戦いをとめられるかもしれない」というのは一つの可能性であって、それもかなり不確定なものであります。しかし「目的」だけは明確である。なら、その目的を抱きつつ人間は進むことしかできません。やることなすこと全てに確証があるわけではないのなら、何を以ってして人は行動すべきか。「信じる」ことしかない、と自分は思います。だからこそ、
「俺達が信じることをしよう、エウレカ」
というレントンの言葉は感動的なわけです。(大泣。)
世界の命運が託されるであろうこの二人の葛藤を、周りの大人たちはすべて本人たちの意志に任せているんですが、これこそまさにホランドやタルホさんが二人を「信頼」しているということであります。
「エウレカセブン」は人とコーラリアンの争い、という大きな世界の流れを描いていますが、その大きな流れの中のには「信じる」っていうことが一つの大きなテーマになっているのではないかと、そんなことを感じさせてくれた今回の「アストラル・アパッチ」でありました。
つづく!
デューイとホランドって兄弟だったのかー!
しかも、タルホはデューイの元彼女。大人ってフクザツ。
人類が仕掛けたコーラリアンに対する攻撃は、抗体コーラリアンの出現を招き、人間とコーラリアンの存亡をかけた戦いに発展しつつあり、事態は切迫しかつ重大な局面にゲッコーステイトは立たされているのでありました。
ゲッコーステイトは軍・政府に反抗する単なるアナーキーな集団ではなく、人間とコーラリアンの共生を目指すという目的を持っており、ここに至りその目的を明確にして行動を起こすことになったのであります。
リフが好きでこのトラパーが存在する星が好きなホランドが、今自分がやらねばならないことを明確に自分の意志として表明しているところは、今までの「ダセー」ホランドから完全に脱却していますね。
タルホさんも、それまであったトゲトゲしたところが抜けて、レントンにホランドと自分の思い出のロングボードを貸して、エウレカを元気付けてやれとアドバイスするところなんかは、見ていて心地よかったですねぇ。
最近の「エウレカ」は主要な登場人物たちが、迷い、戸惑い、立ち止まり、苦い思いをし、それらの経験を経てあるいは乗り越えて新たなステージに移ったことで、かなりポジティブな視点になっています。
これまでのすべてが、第4クールへの展開に集約されていく。これこそが「ドラマ」の醍醐味であります。「エウレカ」にはこういうストーリー構成の巧みさがあるんですよね。
新たなゲッコーステイトの出立、ホランドやタルホが、コーラリアンとの共生への鍵となるレントンとエウレカに託した思い、そしてレントンとエウレカの信頼の絆。
これからの困難な道のりが予見されてはいても、それでも希望を感じさせずにはいられない、今回の「パシフィック・ステイト」でありました。
つづく!
おお!今週も熱い展開。
ニルヴァーシュのボードをレイラインに乗せるために、「もうお前は一人で歩ける」とつぶやくじっちゃんは捨て身のダイブ!
離れていてもレントンの成長を信じている、アクセルの熱い思いに感動。
そして、スペック2のニルヴァーシュで、レントン・エウレカが手を携えて「アミタドライブ」を発動させるシーンは感涙ものです。(第1期のOPが盛り上げますw)
徐々に人間的感情の起伏が顕著になっていくエウレカは自分達の「仲間」が人々を殺してしまうことに酷く心を痛めています。エウレカが人間に近づいていくっていうことは、コーラリアンと人間の共生の可能性もあることを物語っているとともに、コーラリアンがコンタクトした生命体「人間」への理解の一つの現れ、なんじゃないかと思う次第。なぜなら、相手を理解するには、その相手に近づくのが一つの方法であるからであります。これは私の妄想ですが。
レントンとエウレカで、コーラリアンと人類の全面的「戦争」をなんとか回避してもらいたいですね。「人間とコーラリアン」という異種の生命体同士の共存がなるか否かは、このレントンとエウレカの固く結ばれた絆にあると思う次第。
管理人、超多忙のゆえ、今回はこの辺で。
つづく!
「レントンといると、忘れちゃいそう・・・自分がやったこと・・・あなたの手も汚しちゃったこと・・・」
エウレカの自分の過去に対する苦悩、そして、レントンの心を思いやる優しさ。人間的感情に乏しかったエウレカの、なんという劇的な「変化」でしょうか。
エウレカが「人」ではなく「コーラリアン」だとしても、レントンはエウレカに一人の人間、一人の女の子を見ているんですよね。
で、その「コーラリアン」ですが、デューイのアゲハ隊がスカブ・コーラリアンに攻撃を仕掛け、コーラリアン殲滅を実行に移します。そしてコーラリアンも「報復」とばかりに人々を襲う場面は凄惨です。
コーラリアンと人類のこの星の覇権を巡る戦い。人類とコーラリアンの融和・共存ではなく、コーラリアンの殲滅を選択するんですが、これはすごい話になってきました。
人類の存亡を左右するコーラリアン、というのは、人類にとって大いなる「他者」ですよね。人間とは似てもにつかないし、コンタクトもないから、訳のわからない恐怖にさえ似た存在なのであります、コーラリアンは。
でも、エウレカとレントンが、信頼と愛情を育んできた経緯を見るならば、コーラリアンと人の融和という可能性は残されているようにも思うんですがね。
二つの知的生命体が互いの存在を理解しあえる、そんな壮大なテーマにこの「エウレカセブン」は収斂していくんじゃないかと、今回の「アニマル・アタック」を見ていて思った次第です。
来週はスペックアップしたニルヴァーシュが出てくる模様。
つづく!
離れ離れになっていたレントンとエウレカの心がうまく繋がりあってからというもの、ビームス夫妻の悲劇的な最期を見つつも、最近の「エウレカ」は見ていても気持ちよく思える次第です。
ゲッコーステイトの面々、特にホランドは、自分の今いる情況もしくはやるべきことを明確に受け止めている感があり、自分が納得いかない苛立ちをレントンにぶつけていた「大人げなさ」は影を潜め、「らしく」なってきたような気がします。
そして、タルホさん。
エウレカやダイアンに執着していたホランドや、ダイアンの弟であるレントンへのわだかまりという「呪縛」みたいなものにとりつかれていたんですが、明らかに変わったエウレカや、自分のやるべきことをしようとするホランド、「オレは姉さんじゃないです」と言ったレントン、彼らの言動によってタルホ自身も今のままじゃいけないことに漸く気づいたのだと思う次第。
髪をきって、挑発的なコスチュームを捨て、「昔の」自分に戻ったタルホさん。でも、それはエウレカが言うように、「変わった」っつーことなんでしょうね。
登場人物のそういうきめ細かい心理描写がやっぱり素晴らしい「エウレカセブン」です。
軍の技術研究所でニルヴァーシュは修理を施されますが、そこはエウレカが「発見」されて過ごした場所でもある。これはいわゆる「原点回帰」して再びの出発を意味する、「転換点」でもあったりするんですよね。
ここでレントンはニルヴァーシュとアクセル・サーストンの関係も知ることになったし、実は知らないところで、じっちゃん―ニルヴァーシュ―エウレカ、という繋がりがあったということがわかった次第。それが「縁」の不思議なところです。
さて、軍の特殊編成の部隊、「アゲハ部隊」もいろいろ作戦のための準備をしている様子。
ここから怒涛の展開がまっていますよ、きっと。
つづく!
あんた、なんであたし達が“戦争”しているのかわかってんの?
今回の「キープ・オン・ムービン」は、物語の核心的部分に肉薄する話でありました。
レントンの父・アドロック・サーストンは、“コーラリアン”が知的生命体だという“絶対的確信”に至り、人類との共存を果たそうとしていたが、“コーラリアン”による被害拡大を恐れた軍はそれを排除、ということなんですかな。コーラリアンとの唯一のコンタクトができるのが「人型コーラリアン」のエウレカである、と。
そのアドロックの遺志を継いだのがホランドであり、エウレカを守るために軍と敵対するのがゲッコーステイトである。
「英雄」という父親の虚像がレントンを苦しめていたわけですが、それよりも更に重大な真実を告げられた次第です。
しかし、世界を敵に回すことになっても、レントンはエウレカを守り共に行くことを決めている。ただ、未だにレントンはエウレカのすべてを知っているわけでもないし、知的生命体コーラリアンのこともわかっていないんですが、そういう不確実な部分を抱えていても、確信を持って自分はこうするんだ、と決意できる。それは理屈とかではなくて、レントンの意志の力であると思う次第です。
さて、一方でひさびさに登場のドミニク特務大尉。レントンの祖父アクセルと出会うわけですが、意外にも感動的な場面が繰り広げられていました。
ありのままのレントンを見てやってくれと言うアクセル、壊れたバイクの修理を脇目もふらず修理するアクセルからは、軍として役立つ情報は何一つ無かったのに、不覚にも涙を流すドミニクの心中は相当複雑だったのかもしれません。英雄アドロックを生んだサーストン家とはいったいどういうものかと思いきや、今は散り散りになってはいるが普通の家族の温かみがあったわけですから。
そういうものに素直に感動したドミニクは、レントンと実は同じ感受性を持ち合わせているのかもしれない、という期待も多少生まれます。しかし、そうなると、ドミニク大尉の軍での立場もかなり微妙になってしまうかもしれませんが。
嗚呼、世界は残酷だ。
そんな感想しか持てなかった今回の「メメントモリ」。
レイが子供を産めない体になったのは、セブンスウェル現象の光を浴びたから、だからレイは初めて出会ったレントンに自分が産むはずだった子供の姿を投影していたんですよね。そして、未来の子供を奪ったエウレカに深い憎悪を抱いていた、と。
レントンの必死に呼びかけも虚しく、再びゲッコー号を襲撃したレイは空に散る。
チャールズとレイの夫妻は、レントンの心を癒し、再びエウレカと一緒に行こうとレントンに決意させてくれ、レントンに計り知れない影響を与えたんだと思いますが、そういう出会いの結末がこれでは、ちと悲しすぎます。
悲嘆に暮れるレントンにエウレカは寄り添って、互いの心を癒そうとするんですが、レントンが「エウレカのことをもっと知りたい」と言っていたのに、少しだけためらいがちな表情を浮かべたのが気にかかります。ビームス夫妻の最期は、エウレカが発端となった一連の出来事の一つの結末なのでありますから、すべてを話すのに躊躇するエウレカの気持ちが察せられます。
レントンとエウレカの二人が行こうとしている先がいったいどんなものなのか、今まで以上にハードな展開を予想している次第です。
エウレカとの感動の再会から一転して、第3クールに入った途端に事態はやや緊迫したものになりつつあります。
家出少年・レントンとエウレカは共に営倉入り、そこに子供達も一緒というのは、確か前にもあったと思ったんですが、今回は周囲の状況がピリピリしていて、不安を隠せないレントン君であります。
各地で群発する地殻変動と、ヴォダラク過激派の動向、「コーラリアン」という言葉が独り歩きして、世情も思わしくない方向に進んでいるようであります。
そんなこんなで、今回はビームス夫妻がゲッコー号に強襲をかけてくる。その結末は、なんというか・・・。
「レントン、よく見ておきなさい。これが罪を抱えた者の末路、自由を勝ち得た者の責任」
と言い残して、チャールスの遺体を自爆させ、その隙にゲッコー号を脱出したレイの言葉は、レントンにどのように届くんでしょうかね。
レントンはエウレカと心を通わせることはできたけれど、エウレカが一体どういう存在なのか、未だによくわかっていない。これからエウレカの世界をひっくり返すような“とんでもない”一面が明らかになるかもしれないし、そういう不確定要素を全部ひっくるめてエウレカを好きになるのなら、最後までレントンはエウレカと一緒に行かなきゃいかんでしょう。途中で投げ出すなんてことは最早できません。レイの言葉はレントンにそういう「覚悟」みたいなものを促していたんじゃないかと、自分は思う次第です。
ホランドも自分のすべきことに気がついたようで、第2クールの「情けない大人」からようやく脱却した感があります。「逃げ」から転じたホランドは強いですねぇ。視聴者としてもこれを待ち望んでおりました。
放送では予告なかったんですが、次回は生き残ったレイが再び強襲かけてくる様子。レイさんもまた散ってしまうのか?
「エウレカセブン」のカテゴリーには気が向いたときに記事を書く、と、すでに不定期になりつつありますが、別に「エウレカセブン」が面白くないからではありません。週に3本も4本も放映後にすかさず感想をアップするというのは厳しいものであります。
さて、今回はまさに“鳥肌”モンの感動がありました。
これを待っていたのだよ!
エウレカとのすれ違い、「戦争をしている」ゲッコーステイトの現実を見て、自分が今置かれている状況からいったん逃げ出し、いろいろな人との出会いを経験したレントンは、唯一「エウレカに会いたい」という思いのみでゲッコー号に戻ってくる。
別にゲッコーステイトのメンバーに戻りたくて、帰ってきたわけじゃない。エウレカに会いに来ただけだ、と正面見据えて断言するレントンは、一段と成長しましたね。
自分の行動を決するときには、「動機」というものが必要だと思うんだけど、その動機が単に「格好いいから」とか「憧れているから」とか、ひどく漠然としたものだと、後々になって自分が求めていたものとのギャップに気がついたときに結構苦しい。何で自分はこんなところにいるんだろう、いったい自分は何やってんだ?とそれまでの自分の軌跡を疑いたくなってしまう。
でも、ほんとうに自分が求めるものを見出したときは、人間、力が出てきますよ。これだ!と思ったらそれまでの迷いなんざ吹っ飛んじまいますわ。
一方、エウレカも「自分の変化」に戸惑っていたけれども、その「変化」が「レントンが好き」という当たり前の感情そのものだったことにようやく気がついて、ナットクした次第。う~ん、ゲッコー号のメンバーが何度も「それは恋だ」と言っていたのに、今ひとつエウレカの反応が鈍かった、というのが、エウレカがいかに人間的な感情に遠かったかが推し量られます。
エウレカもレントンへの思いを徐々につのらせていったわけですが、ニルヴァーシュは動いてくれない。レントンへの思いだけではだめだったんでしょうか。
ニルヴァーシュが動いてくれないんで、あろうことかギジェットのリフボードで単独行を決行するエウレカの行動は、感情の抑揚が少なかった頃のエウレカとは段違いです。ホランドへも自分の感情をぶつけ、素直な感情を抑えつけずに一途にレントンへの想いを吐露するエウレカが、物すごくよかったですね。
ゲッコー号から出て行くエウレカがデッキでゴンズィの爺さんに「茶飲むか?」といわれる場面はレントンの家出時のシーンと重なるところなんですが、二人の「つながり」を演出していたりしてなかなかグッドでした。
で、単独でレントンを探しに行ったエウレカが州軍とビームス夫妻に遭遇してしまい、空に放り出されていや~ダメか~?というところで颯爽とニルヴァーシュに乗ったレントンが駆けつける。
レントンはニルヴァーシュで来るでしょう、と思ってはいても、これは感動モンです。
ついでに、エウレカとレントンの想いが重なり、二人の手が重なり合ったときに、アミタドライブが発動する場面はもう鳥肌モンですわ。
いや実際、鳥肌ゾワゾワ立ちました。
エウレカとレントンの感動の再会で2クール目は終了というところでしょうか。第1期のエンディングテーマが流れるところは、憎い演出です。
さて、第3クールはどう展開していくのか、非常に楽しみです。
今回の話は、これまでのエウレカの話の中でも個人的にはかなりのベストエピソードです。
“家出”したレントンが、ビームス夫妻の元でホンモノの家族のような雰囲気を満喫している描写もよかったんですが、まぁそういう幸せな描写の一方で、レントンが今回体験したことは、また一つ彼の心に深く刻まれることとなった次第。
すなわち、生命維持装置をはずされ死に瀕しているボダラクの少女を助けたい、きちんと治療できる所に行かせてあげたいと思うレントンの真っ直ぐな心も、それ自体をとってみればまったく純粋なものなんですが、ボダラクの人々を取り巻く状況(過激派のテロによるボダラクに対する悪感情)をまったく認識していなかったがゆえに、病気の少女を連れ出した挙句に彼女を危険に晒し、結局ビームス夫妻に助けられるという始末。そして、ボダラクの少女は息を引き取ってしまい、レントンは号泣。
自分が正しい、この方がいいんだ、と思っていても、それが他人にとって果たしてそうなのかどうか。生命維持装置をつけてちゃんと治療することが、少女の本当の願いではなかったのかもしれない。そういうことを実は今まで考えてもみなかったんですよね、レントンは。自分にとって、と他人にとって、というのは常に分けて考えなくちゃいけない。他人を理解する、というのは自分の思い込みを押し付けていては到底できないことなんですよね。
こういう悲しい出来事で、レントンはエウレカとの気持ちのすれ違いの原因をうすうす感じはじめているのではないかと思う次第。
“恋”に関心を持ち始めているエウレカと、再び心を通わせることができるのか?レントンよー
つづく!
自分が人を殺してしまったことに衝撃を受けていたレントン。しかし、実は今回が初めてでなかったことに気づかされまたまた衝撃を喰らってしまいました。
軍のLFOを何機を倒してきたけども、自動操縦で動いているわけではなく、敵機にも人が乗って操縦しているわけであります。いや、そう考えるのが普通の感覚だと思うのでありますが、「格好いい」憧れのゲッコーステイトの一員となったこと自体を喜んでいたレントン少年には、そういう認識が欠如していた、ということであります。
生身で対峙しないから、自分の手は血で汚れないし、相手が傷ついている様を見ることもない。まるでゲーム感覚のような錯覚に陥ってしまう。
で、ここで重要なのが、「想像力」。難しいことではない。ニルヴァーシュに自分が乗っているのだから、相手のLFOにも人が乗っている。LFOをぶっ壊せば、それに乗っている人間も死ぬかもしれない。操縦席をつぶされたら、中の人間はどうなるんだろう。骨が砕けて、腕が千切れて・・・。と、こんな感じで想像する。
想像力というものも、ある程度は経験から導かれる部分もあるわけですから、レントン少年にそういう想像力を自ら養えというのも酷な話なのかもしれません。しかし、ゲッコーステイトは本来は「大人の集団」なわけで、その一員ということは、多少のガキっぽさは許されるにしても、最も基本的な認識=俺たちは軍・政府を相手にドンパチやっているんだ、という認識がレントンには求められていたわけであります。ゆえに、レントンの受けた“衝撃”に対して、マシューさんは冷めた口調で「何言ってんの?俺たちがただの波乗り集団だと思っていたわけ?」と答えたわけです。ホランドやマシューさんたちにとっては、戦闘経験で凄惨な場面を見てきているから当たり前のことなんですよね。
ここで、一気にレントン少年と他のゲッコーステイトのメンバーとの間にギャップが生まれる。で、エウレカに自分の受けた衝撃を理解してもらおうとするんだけれども、「知らなかったの?」とエウレカにまで言われる始末。
エウレカの自分を遠ざけるような態度とその冷たい言葉を「拒絶」と受け止めたレントンには、ゲッコーステイトにいる意義がまったく失われてしまった。
疎外感に襲われたレントンは、ボードとわずかな手荷物を持ってゲッコー号から出奔。しかし、行く宛もないから途方にくれるレントン。
実にわかりやすい展開です(汗)
何でもかんでも波風たたずに行くはずもなく、こういう紆余曲折がレントン少年の精神的なたくましさを鍛えていくのでありましょう。
主人公はこういう挫折をいくつも乗り越えていくんですわ。がんばれよ、レントン。
レントンの葛藤の一方で、デューイ大佐が何やら画策している様子。アゲハ構想という大きな一つの流れが根底にあって、やがてレントン少年の小さな流れが合流していくような展開が期待されます。
ということで、次回につづく!
スカブに取り込まれてしまったエウレカを巡る、レントンとホランドの衝突。それぞれがエウレカに対する思い入れというのは、微妙に異なっていますね。
レントンとホランドは両者ともエウレカ第一なんですが、「エウレカが好きだ」というエウレカへの慕情がまずある一方で、ホランドは「エウレカに何かあったら殺す」と凄むほどのもの。この二人どっちが思い入れが強いか、というよりも、エウレカをどれだけ知っているか、という違いが、彼らの思い入れの違いなんでありましょう。
ホランドがエウレカのことをどれだけ知っているか、というのは作中、ところどころ匂わせる程度で詳細はわからないのですが、少なくともレントンはホランドほどはエウレカのことは知らないわけであります。レントンにしてみれば自分の方がエウレカを大切に思っているんだ、という彼なりの矜持があるわけで、そういう子供っぽい矜持が、ホランドの癇に障るところだったりするんじゃないかと思いますね。つまり、ガキのくせにエウレカの何がわかっているのか、と。で、レントンは、そういうホランドに益々反抗する。
今回の、ボダラクの高僧の救出を巡るレントンとホランドの衝突も、エウレカに対する思い入れを持っている者同士の鍔迫り合い、といった感がありますね。
エウレカのスカブを剥がすには、ボダラクの高僧の力が必要だと考えるホランドは、危険な仕事と知りつつもそれを引き受けることにする。しかし、レントンは単なる金儲けだと、ホランドを非難する。エウレカのことを多少でも知っているからこそ、ホランドの無謀とも思える行動があるわけなのですが、そういう事情を知らないレントンは激しく反抗する。しかし、よくよく知れば・・・、自分のガキっぽさをあらためて思い知らされるレントン少年であります。
そして無知な自分に怒り心頭のレントンは、軍に囲まれたホランドを救出する際に大暴走。ほとんど我を忘れて軍のKLFを全滅させ、自分が殺した人間の“腕”を見る。う~。これはかなり衝撃的です。自分が振るった力が招いた結果というのを目の当たりにして、レントンは強烈な吐き気を覚えて嘔吐。
この辺の“気持ち悪さ”の描写は、かなり直接的なんですが、鮮烈な印象を残します。
自分が人を殺した、という事実にレントン少年の心は暗澹たるものなんじゃないかと思うわけですが、十何歳の少年が体験するには強烈すぎます。次回以降のレントン少年がどうなってしまうのか、甚だ気にかかるところであった「サブスタンス・アビューズ」でありました。
つづく!
常に感じていた、ニルヴァーシュの“気持ち”がわからなくなってしまっているエウレカ。ニルヴァーシュとの心的交流が出来なくなっているエウレカは、ちょびっと、自分の変化に気づき始めているのか?
メーテルら子供達もいる、ホランドもいる。ニルヴァーシュもそこにいる。世界は何ひとつ変わっていない。
けど何か違う。レントンとの間にも、何か理解しあえない溝ができ、ニルヴァーシュにも乗れない。それまでうまいこと調和していた世界が崩れ始めたのは、世界が変わったのではなく、自分が変わったせいなのかのしれないとふと思う。
壊れ始めたという実感を持ったとき、自分自身の変化に気づくと、人間ひどく不安になります。今まで何の問題もなかったがゆえに、自分自身の変化が恐ろしい。自分自身の変化が受け容れられない。
エウレカはそんな思いを抱いているのではないかと思う次第であります。
そういう“不安”は本来、レントンが取り除いてくれるのですが、今はレントンとの間には緩やかな断絶があるから、“不安”はさらに助長していくのであります。そして、今回、その“不安”に耐えかねたように、ニルヴァーシュのアミタドライブを引き抜いてしまうエウレカ。そして、たどりついた坑道の奥のスカブに取り込まれていきます。
NO~!
ここが、今回の絶叫のしどころ。
溶けちゃってますわ、エウレカ(汗)
思うに、エウレカの“不安”は、実は自分の存在に耐えられないがゆえのモノだったのではないでしょうか。そういう自分の存在に“不安”を抱いたエウレカはスカブ(って何かよくわかりませんが)に取り込まれることで、自分の存在を消そうと思ったのではないかと思いますね。“死”を望んだ、というのではなく、自分の存在を受け容れてくれる器みたいなものを求めていたのかもしれません。(ここは完全に自分の妄想なので悪しからず)。見間違いでなければ、エウレカはスカブに誘われるかのように、近づいていきましたからね。
で、エウレカのそんな姿にレントン驚愕。そして絶叫。
ここでも、レントンの感情に感応して、ニルヴァーシュはとんでもない力を発揮するわけです。枯渇したと思われていたトラパーが湧き出て、セブンスウェル現象を引き起こす。
何ゆえにレントンの感情に反応するのかは未だ不明。
ニルヴァーシュがエウレカではなく、レントンを必要としているのか、どうなのかも未だ不明。
そういう不明確な部分もありますが、本来的には、レントンとエウレカの二人が、ニルヴァーシュに脅威的な力を発揮させるのではないかと妄想しておりますが。
ということで、衝撃的な内容の「アクペリエンス・2」でした。
つづく!
うお!久し振りにエウレカセブンの記事をエントリー。
もう、ここの管理人は「エウレカセブン」を見る気がないんじゃないか、と思われていたのではなかろうか。いえいえ、毎度チェックしてます。が、種デスのようにいろいろ考えている余裕がちょっとなかったので、今現在は純粋に「楽しみ」ながら視聴しております。
ですので、ゆる~く、流しつつ今回の「イルコミュニケーション」の所感を少々。
すでにトラパーが枯渇した発掘現場に、10数年も居座り続け今なお「夢」を追い続ける、発掘屋のブリタニさん。 「夢」を追い続けることの素晴らしさは言うまでも無いが、「夢」を追い続けたその末路の何ともいえない寂寥感が痛々しい。しかし、発掘屋ブリタニさんの偏屈さに、自分のじっちゃんを重ね合わせているところなんかは、ぐっときますね。
以前、リフレクションフィルムの職人におなじく、じっちゃんを投影させていたと思うんですが、英雄サーストンの息子という呪縛を背負っているレントンの心理が垣間見れて、ここら辺の描写はなかなかうまいなぁ、と思いました。
ニルヴァーシュの操縦もこなせるようになり、徐々に変化がおとずれているレントンですが、ここ数話はこのレントンの感情の起伏とか葛藤とかがメインになっているように思えますね。
レントンの変化(成長といっていいのか)の一方で、エウレカの方にも変化の兆しがあります。というかエウレカの調子悪すぎです。来週の予告見ていたら、エウレカの身体がぁ~(汗)とかなりびびっています。
ということで、つづく!
今回の「アクペリエンス・1」なるエピソード。
タイプ・ジ・エンドの攻撃で、あの世にいってしまうんじゃないかという恐怖の中、レントンは意識を失い、何やら夢の中、というより潜在意識?の中に沈潜していった次第でありますが、う~む、今回はこのシーンをどう捉えたらいいのか少々難しいですな。
ちと忙しくて1回しか見ていないので、詳細な部分の検討はできませんが、観た当初の所感としては、レントン個人の意識でありつつも、その中にアネモネ・エウレカの意識も介入していることから、ニルヴァーシュもしくはニルヴァーシュのコンパクドライブの作用か何かちょっとわかりませんが、或る“何か”が媒介になって、彼らの意識を同調させた結果ではないかと思います。
そして、レントンとその周囲の土くれの人間がいる“教室”というのは、今までレントンがいた“世界”であり、土くれの人間というのは“虚構”を象徴しているのではないかと推察。このことは、別のレントンが“教室”という箱の中の世界を見下ろしている、という構図から導けるんじゃないでしょうか。
あとは、トイレに入ったら、トイレの奥が見えない先まで続いている、とか、トイレのドア開けたら奈落の闇、冷蔵庫のドアを開けたら裸のアネモネがいる、とか、これは、我々視聴者に深読みをしろ、と言っているようなもので(汗)。ちょっと心理学とか精神分析とか、その類いの知識に明るい人でなければ読み解けないような、“記号”が散りばめられていまして、正直、今回は不可解でありました(汗)
どれも、これも、レントンの潜在意識の現われ、なんでしょうがね。
あとは、ゲッコーステイトと軍の攻防戦が、面白かったですね。
ゲッコー号の操舵桿握るタルホさんが素敵でしたw
前回登場した少女アネモネ。エウレカとの関連性を思わせ、さらにタイプ・ゼロに似たLFOを操り、ニルウ゛ァーシュに襲いかかります。その様は、「狂」の字が当てはまりそうなかなり危ないキャラです…。
これまではレントンとそれを取り巻く人間模様で楽しませてくれましたが、物語の核心に向けて大きく動き出しましたね、エウレカセブン。
これからが非常に楽しみでありますが、管理人多忙なゆえ、今回は簡易感想で。
「ハイアー・ザン・ザ・サン!」
太陽よりも高くぅぅぅ!
トラパー波の大量噴出の兆候が南半球である、とのことでリフを楽しむには絶好の機会だ、とばかりに妙に積極的になるホランド。タルホに弾道飛行を決行させ、叫んだのがこの台詞。
誰にも束縛されない、自由に生きるゲッコーステイトでありますが、しかし、ホランドの気分は実はそんなものじゃなく、過去の記憶に“束縛”されつづけ苦悩する姿がそこにあったわけであります。
“軍の狗”として行った数々の行い、はホランドやタルホに深い傷跡を残しており、そんな過去の記憶から逃げ出したい、しかし逃れられない、という“暗い淵”に彼らはいたんですな。
格好の良さばかりじゃなく、そういう暗い部分を背負っている、というのは、ホランドやタルホに人間としての深みを与えるものであると思う次第。
レントンは、彼らの過去の詳細を知り得ないわけですが、これからレントンが現実の世界を見ることになる際に、彼ら「大人」の経験が、レントンの精神形成に大きな影響を与えるのではないかと思いますね。
さて、一方のレントン。今回は
「無重力バンザイ・・・(はーとま~く)」
の一言に尽きますね。
相変わらずエウレカに邪念を振りまいているレントン少年。しかし、姉さん、ばらしてしまうにはまだまだ根性なしのオレ、です。
エウレカのこともホランドのことも未だよく知っていないし、この世界のことについてもまだわからない。自分は何のためにここにいるんだろう。そんな哲学的なことを考えはじめましたね。フィロソフィー・フィクション、たる「エウレカセブン」の真髄あり、といったところでしょうか。
さて、気になる少女「アネモネ」も登場、というところで、また物語が大きく動きますな。
もうちと語りたいけど、今回はこの辺で。
◇つづく!
第9話、エウレカとゲッコーステイトはかつて軍の犬あり、命令されるままに人を殺してきた特殊部隊であった衝撃の事実。で、エウレカの子供たちはその犠牲になった町の子供であったこと。
レントン、今まで以上に厳しい事実を突きつけられた次第。しかしそういう現実も直視しつつ、過去がどうあれ、今目の前に起きている事態に立ち向かわなくてどうする、とばかりにニルウ゛ァーシュに乗り込むレントンには、熱いものを感じましたね。レントンの強烈な意識に