カテゴリー「地球へ…」の23件の記事

2007年9月22日 (土曜日)

地球へ…(終) section24:地球の緑の丘

 原作や映画版とはまた違った「地球へ…」の最終回でしたね。
 グランド・マザーがミュウ因子を排除しようとすれば出来たのに、そうしなかった(ミュウが生れてくることを黙認した)のは、SD体制を作ったかつての先人たちが目論んだ“実験”の一環だったわけですな。ミュウ因子が発見されたときに、進化の過程で生み出される必然であったか、あるいは突然変異であったのか、結論付けることができなかった先人達は、人類の未来の主導権を握るのが従来の人間であるか新たな人類“ミュウ”であるかを見極めようとして、SD体制をつくり、ミュウを排除するようにコンピュータにプログラムした。ミュウがその抑圧から来るストレスに耐えられないようなら自然消滅するはずだったのが、ミュウたちは生き残った。しかし、ミュウが人類と共に生きるためのプログラムはSD体制のコンピュータにはプログラムされていなかった。ミュウが戦いに勝利した今、もはや人類にはSD体制は必要ない、と結論づけるキース。最後までコンピュータに忠実であったはずのキースが最後の最後でグランド・マザーに抵抗。最終回、キースの決断がかなりぐっと来ましたよ。
 そして、トチ狂ったコンピュータを破壊するために、人間達が立ち上がる。トォニィ達や国家騎士団の面々も地球を破壊しようとするメギドシステムを止めるために共闘。
 コンピュータの頚木から解放された人間とミュウの反抗です。なんか話の展開が随分駆け足だったので、SD体制の真実が世間に公表されてからの人々の反応の速さが妙ちくりんなところもあったのですが、小波がビッグウェーブになる、ってな感じでちょっぴり感動した次第。
 ジョミーやキースが地下で共に死ぬところは一緒だったのですが、瀕死のジョミーが次世代のソルジャーとしてトォニィを指名するところ、そう来たかーと思いましたね。原作では、ミュウとも違う人間とも違う、ということで疎まれていたトォニィ達は宇宙のどっかへ行ってしまう。テレビ版では、ブルーそしてジョミーを通じて、ミュウと人間が共に生きていく道がトォニィに引き継がれていく。未来への希望が紡がれていくわけですな。なかなかいいエンディングでした。

 さて、感動のエンディングを迎えた「地球へ…」の次は、特番を挟んで「機動戦士ガンダムOO」です。今でも「なぜ“ガンダムUC”」をやらんのだ、と未練がましく心の中で叫んでいるんですけど。ま、それはともかく、再来週を楽しみに待っているぜ!

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2007年9月16日 (日曜日)

地球へ… section22:暮れる命、section23:地球 ( ちきゅう ) へ

 2週分をまとめて簡略感想。

 潜在的ミュウの強制収容所「コルディッツ」を落下させるぞ、という人類側の脅しに屈せず、地球への歩みを止めることのないジョミーの強烈な意志。既に多くの犠牲を払ってここまで来ているのですからね。卑劣な行為に屈して引き返せばすべてが無に帰すのであります。とはいえ、ムザムザ仲間を見殺しにも出来ない、ということで、ステルスデバイスを搭載した戦艦を密かにコルディッツに向かわせて、間一髪のところで救出。
 ここでちょっと、思うこと。スウェナの元娘を登場させ、スウェナを通して、ジョミーと彼のパパとママの繋がりを持たせようとしているのだけれども、どうも人物の関係性を膨らませすぎているような感があるんですよね。視聴者としてはそこにドラマ(例えばジョミーとパパ、ママの再会)を期待せずにはいられないのですが、結局、付属品みたいなってしまっているのです。要するにあってもなくてもいいようなエピソードってことですな。どうも、人物の相関関係がきちんと描かれていないような気がするわけで、そこがテレビ版「地球へ…」の難点の一つでしょうか。
 とはいえ、「約束の場所へ」というミュウ達の悲願、ミュウの生存する権利の獲得するための闘い、異質な者同士の共存、コンピュータ管理体制からの脱却、そういった作品のメインテーマは変わらず貫かれているのではありますが。

 さて、切り札である強制収容所もミュウの手に落ちて、もう降参だよ、あんたらの言うとおりに交渉のテーブルを設けようじゃないか、と言っている裏で、密かに惑星破壊装置「メギド」を配置してだまし討ちしようという、またまた卑怯な手段に出ようとする人類側でありましたが、グランド・マザーに意思決定を委ねられたキースは寸での所でメギドを停止してジョミーを地球に招き入れることになる。ここのところの彼の心境はたいそう複雑なものがあったと思うのですが。SD体制を護持しなければならないことへの使命感があるにもかかわらず、SD体制下でも人間の愚かさは変わらない、というある種の失望もあったり、ミュウが生まれ続けている状況を黙認するかのようにミュウ因子をグランド・マザーが排除しないという整合性のない振る舞いに疑問を抱いたり。

 地球を視認できるところまで来たジョミーたちは呆然。青く輝く惑星を思い描いてきたのに、眼前に現われたのは、地表がほぼ砂漠化して、凡そ生物の生存できない環境になってしまっている「褐色の地球」だったわけで。
 ありゃ、なんか原作と違いますね。原作では「青い星」を見て皆一様に、その美しさに感動して、やっとここまで来たんだーと感慨に耽るのでありますが、テレビ版では、ええーッ?という風にがっかりしてしまう。地球が人の住めない星になって幾世紀か経っても、地球の再生は成っていないんですね。如何に人類の環境破壊が凄まじかったかということが突きつけられるわけであります。

 で、その死の地球の地下でSD体制の中心=グランド・マザーと対峙することになるジョミー、でありました。

 次回、「地球の緑の丘」。
 最終回です。

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2007年9月 8日 (土曜日)

地球へ… section21:星屑の記憶

 一週遅れの感想です。

 人類とミュウの戦いは終始ミュウ側の優勢でありましたが、対ミュウ訓練を受けたメンバーズ・エリートが実戦投入されて、無敵だったトォニィ達がよもやの苦戦を強いられた次第。
 サイオン攻撃が通じず、宇宙空間に散っていった、タージオ、コブ、アルテラのナスカの子ども達3人。トォニィに淡い思慕を抱いていたアルテラはなんだか可哀相でしたね。最後までトォニィのために戦おうとしたアルテラ、悲しい最後でした。
 シャングリラにも白兵戦が仕掛けられて、幾人か死者が出た模様で。
 アルテラを失った悲しみで暴発したトォニィによって、一瞬で人類側の艦隊も壊滅させられてしまったわけですし、戦いは死と悲しみを生む、という事実に茫然とするしかないのだけれども、いや、それでも、自分達には行かなければならない所があるんだ、と人の死や悲しみに打ちひしがれてもなお進まねばならない、というミュウ達の悲愴な決意がまた胸を打つ次第であります。

 ところで、木星軌道上にあるミュウの強制収容所に、ジョミーのパパ、ママがスウェナの「元」娘とともに収監されていることを知ったキース・アニアン。これを木星に落とすと言ったらどうする?とか、まぁ、なんて卑劣極まりない行動に出たことでしょう。こういうことをいとも平然とやれるキャラでしたかねぇ(笑)

 次回は「暮れる命」。
 マツカに合掌。

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2007年8月19日 (日曜日)

地球へ… section20:決戦前夜

 今週は、人類サイドオンリーの話?
 パパとママ、年とったね・・・。そりゃそうか、ジョミーの「目覚めの日」から15年以上(もっとか?)経っているもんね。
 ミュウの版図が拡大しつつある中、キースはグランド・マザーから「元老」への就任を要請され、「主席」にまで一気に上りつめる。その間、どうやら反対勢力というものが存在していたようで、暗殺されかけたりしているわけですが、マツカのお陰で難を逃れたり、素早い対応で敵対者を逮捕。マツカ、ミュウだから人の心読めるし、キースは彼をいいように利用しているようにも見えますが。マツカ、テレビ版ではどうなるかわかりませんが、キースはマツカに対してはそう悪い感情を抱いているわけでもないんですけどね。

 キースの、首都ノアを防衛するのではなく、太陽系の木星付近でミュウを待ち伏せしようというミュウ殲滅計画案を立案して、多くの元老が反対する中、グランド・マザーのツルの一声で決定。話し合いなんかしているけど、所詮、グランド・マザーを頂点にするSD体制、グランド・マザーの意向に忠実な僕であるキースが国家元首になったことで、キース以外のお偉いさんはただのその他大勢なんですよ。
 SD体制を護持することが人類のためであり、体制護持のためミュウを殲滅する、というキースの宣言は、ジョミーたちの戦いの本質がSD体制の打倒であることがより明確になったように思えますな。

 ミュウの船団が地球を目指していることを知って皆一様に意外な顔していたけど、地球は環境回復がまだ完全ではなく、限られた人間しか立入を許されていない惑星のようで、人類発祥の禁断の地、ということ以外に価値はなさそう。原作では、一部の選ばれた人間だけが地球の地下都市で暮らしている設定になっていました。

 不思議な力を持つ化け物で人間に感染する、ということでミュウは一般人にもその存在が知られるようになっています。ありゃ、いつの間に。ミュウが姿を現したことで政府が公表したのでありましょう。一般人でもミュウに対する反応は同じですね。じょじょに、ミュウへの偏見が蔓延していっています。
 ミュウに占領されたアタラクシアを出て他の惑星へ移住しようとしていたわけですがジョミーのパパやママも例外ではなかった。ミュウを化け物だなんて、かつてあなた達が育てていた子供もそのミュウだったんですよー。知らないこととはいえ。しかし、やはりテレビ版のジョミーのパパとママは、人間として子供に愛情を注ぐいいパパとママだったんですねぇ。スウェナが養育していた娘が、ミュウ因子の検査にひっかかってしまった時、ママは娘を絶対に守ろうとしたのですからね。ミュウであろうとなかろうと関係ないわ!
 ママ達、いったいどうなるの?というところで次回へ。ありゃ~いいところで終わってしまった。
 ママ達の危機!そこへジョミー達の船団が!ジョミーとパパ、ママの感動の再会。ということにはなりませんか。
 反体制活動しているスウェナとかその協力者達に助けられるかもしれませんね。

 次回、「星屑の記憶」
 戦いの最中、散ってしまう人たちが出てきてしまいす。散り行く命と残される命。

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2007年8月12日 (日曜日)

地球へ… section19:それぞれの場所

 育英都市・アタラクシアの地下で、ジョミーはテラズ・ナンバー5と対決。そして、キースは放棄された教育ステーションE-1077で自らの出生の秘密を知る。という内容でした。

 E-1077でキースが見たのは、培養管の中に漂う自分自身と、フィシス。キースとフィシスは、ヒトの受精卵からではなく、DNAの塩基配列の組み立てから作られたものだった。培養液の中にいるのは、すべてサンプルであり、失敗作は廃棄された、と。キースは唯一の成功体であり、彼が今まで経験したことは、すべてマザー・イライザの成長プログラムの一貫だったということらしいですね。
 この話は、原作ではシロエを殺害する前に知ることとなっていました。随分ひっぱりました。いつキースが自分の出生の秘密を知ることになるのかと思っていましたが、国家元首の道を歩む前に一つの区切りをつけるこの時点で持って来ましたか。出生の事実を知ってもほとんど動揺しません、キースは。これもマザー・イライザの成長プログラムの一貫?とか思ったら、キースは教育ステーションを自ら破壊。ちょっと気骨があるのかと思ったが、その行為も「グランド・マザー」の意向だったらしい。キース、理想的なグランド・マザーの子供になっています。

 ところで、フィシスもキースと同じ出自なわけですが、彼女の眼が見えないのは、失敗作だったからんですね。処分されようとしたフィシスをブルーは救ったのでありました。フィシスのミュウとしての能力も、ブルーが与えたものだったそうで。そういうことが出来るのはブルーだけ。ミュウの因子というのは内的なものが一般的なのに、人間に予知能力を与えることができるなんて、ブルーはやっぱりスペシャルだったってことですか。

 地球の座標をテラズ・ナンバー5にプロテクトされて引き出せないため、ジョミーがテラズ・ナンバー5を直接破壊しにいくことに。ドリームランドの地下コースターの深部にテラズ・ナンバー5のメインコンピュータが設置されていたらしい。随分、分かりやすいところに…。
 ジョミーにとっては、その後の人生を決定付けられた場所であり、始まりの場所でもあるところ。始まりに戻って因縁の場所でテラズ・ナンバー5を破壊し、ジョミーにとっても一つの区切りがついたことになります。にしても、テラズ・ナンバー5をあっさりやっつけてしまいました。
 地球の座標の情報を得たジョミーたちは、地球への一歩を踏み出すことになるのでありました。この先がまた長い道のりになるかと。

 スウェナのはからいでジョミーは両親とも会えるところだったのでありますが、ついに会えませんでした。スウェナの娘の養父母がジョミーのかつての育ての親であることは、はっきりとは伝えていない様子なのでありますが、感づいていたみたいです、ジョミーは。あえて両親と会うことを避けたような印象ですな。

 次回、「決戦前夜」
 
 既に妥協の余地がないところまで行ってしまった、ミュウと人間の戦いが本格的に始まるようです。

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2007年8月 4日 (土曜日)

地球へ… section18:再会のアルテメシア

 多忙なゆえ、今週は手短にいたします。

 成長したトォニィたちの容赦ない攻撃。降伏した相手まで殺してしまいたました。当然、ミュウたちからは、そこまでやるかー?、と非難轟々。次第に他のミュウたちから嫌われてしまっています。

 ジョミーはそれを黙認。というかそれを肯定しようとさえする。地球へ向かうというブルーの意志を受け継いだ今のジョミーにあるのは、ひたすらブルーとミュウの宿願を果たそうというただ一点のみ。たとえ人でなしだ、酷いヤツだといわれようとも、です。それくらいの覚悟を持っているということだな。ジョミーは真に「ソルジャー」になったんだよ。

 一方で、自分たちには力がある、と戦いをこなす毎にナスカの子供たちは増長。ジョミーをやっつけて船を乗っ取って、トォニィがソルジャーになればいい、とか物騒な話まで。おいおい、と思ったら、トォニィはあくまで「グランパ」のために生きるんだと言ってそのテの話には乗らず。

  シロエが残した、キース出生の秘密。シロエとともに闇に葬られたと思ったら、ピーターパンの本にこっそり隠してあった。ここで持ってくるかー。キース、閉鎖された教育ステーションへ。

次回「それぞれの場所」

ジョミーはパパとママに再会できるでしょうか?

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2007年7月29日 (日曜日)

地球へ… section17:永遠と陽炎と

 宇宙深く

 眠れる獅子

 永遠の時のかなたに目覚め

 目覚め

 百億の光 越えて

 地球へ来たらむ

 さよなら、ソルジャー・ブルー・・・。ホントウにさようなら、な回でしたよ。゚・(ノД`;)・゚・ 

 ちなみに、ブルーの「辞世の句」の中の「宇宙深く」は原作では「地中深く」でした。原作ではミュウの母船は地下に潜んでいたから。

 ブルーがここまで生き長らえたのは、ジョミーに「生きて!」と言われたからだと。そうか、そういう強い動機があったればこそだったわけだ。第4話でしたか、ジョミーが力に目覚めて宇宙空間まで飛んでいってしまったのをブルーが助けに行って力尽きて地表に落ちかけたときのジョミーの言葉。放送当初は何言ってるかわからなかったんですが。

 身を挺してミュウを守ろうしたブルーは、後をよろしく頼む、と静かに後事を託して逝った原作のブルーよりも、より力強い印象であります。ブルーの最後の姿は、ジョミーの心に深く刻まれたのではないでしょうか。

 「地球へ」というミュウの長年の思いを受け止めつつも、ジョミーはナスカでSD体制下の人間たちとは違う生き方を追求しようとした。しかし、人間たちはそれを許さず、あくまでもミュウを根絶しようと牙を向けてきた。ナスカを失ったこと、そして、ブルーの300年にわたるミュウの記憶と地球への想いをあらためて引き継いだジョミーは、スペリオル・ドミネーション体制への反抗を決意するのでありました。

 紆余曲折はありましたが、ことここに至って、ついに体制への反抗を敢行し、「キミ達は本当にそれで生きているといえるのか」と人間に人間としての「生き方を問う」戦いを開始するジョミーの決意は、ちょっぴり感動的。ブルーの劇的な死もなんですが、実はそれ以上に、ジョミーの反抗の意志が明確になったことが、かなり胸に迫るものがあった次第。この「地球へ・・・」のテーマの一つは「抵抗すること」(原作者も言っていたことです)。理不尽な仕打ちを受けてそれに甘んじてきた者が、声を上げて、それは違う!と抗議する。ジョミーたちの抵抗には何か心を奮い立たせるものを感じる次第。

 ジョミーたちの戦いは、人間を殺すことが目的なのではなく、人間社会のベーシックな部分を支配しているシステムを壊すこと。とはいえ、その人類を束縛する社会体制への反抗は多くの犠牲を強いられることとなることでしょう。

 まずはSD体制を支える教育の要となっている、アルテメシアを制圧する、と宣言。

 「これは相談ではない、命令だ」と、決然と言い放つのは、くよくよ悩んでいた頃とは大違いですね。これもブルーの死があったからこそなんですが。

 それと、ブルーの死の影に隠れてしまいましたが、ジョミーとキムの別れは正直、泣けた。最初にジョミーがシャングリラに来たときにちょっかい出してきたキムですね。崩れたシェルターの中でキムを見つけたけど、既に手遅れ。仲間を救えなかったことに涙するジョミーは痛々しい限りでしたな。

 原作ではジョミーはナスカの惨状を目の当たりにして視力・聴力・言葉を失ってしまうことになるのだが、テレビ版ではそれはなし。元気な姿でよかった、よかった。

 ナスカから逃げたミュウの掃討の命令を受けたマードックはこれを黙殺。この人の立ち位置からするとキースの命令を無視するのは常道なんだが、「私は軍人だ。戦争となれば敵と戦う。だが、これは虐殺だ」と存外まともなセリフが出てきたのには驚き。この人にこんなセリフを吐かれたら、キースはホント悪いヤツだ、ということになりますわな。

 次回、「再会のアルテメシア」

 スウェナとの再会あり。

 アルテメシア制圧→ジャーナリストのスウェナと再会→ジャーナリスト・スウェナによる、ミュウの存在の暴露→SD体制への疑問なげかけ、ということになるのでしょうか。

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2007年7月22日 (日曜日)

地球へ… section16:赤い瞳 蒼い星

 今週は簡易感想で。

 今回の「赤い瞳 蒼い星」は、ブルーがほぼメインの話でした。サブタイトルがそのまま、ブルーの「赤い瞳」と、憧れの「地球」のことですからね。

 冒頭のフィシスとブルーの出会いの場面はブルーの回想の中ででありましたが、キースとフィシスの接点が象徴的に示されてもいました。原作知っている人は、キースとフィシスの生れてきた経緯が同じようなものであることは先刻承知のことですが。

 地球の「イメージ」を持っているフィシスはブルーにとっては特別な存在なんですね。何か3分の1ほどは、ブルーとフィシスの世界になってしまっていました。 ホントウの別れが近いですからね。

 アタラクシアから脱出したときは今にも死にそうだったのにやおら目覚めてちょっとした活躍を見せたブルー。原作ではあまりにも早くお亡くなりになってしまったので、ソルジャーとして、ミュウの長として、ジョミーへその心得を伝授する暇さえなかった。すべてをジョミーに託してそのまま逝ってしまう展開もそれはそれでかなり泣けてしまうものではあったので、正直テレビ版で存命させる筋書きには驚かされたりもした。あそこで逝ってしまうのはかなり惜しいキャラなんですよね。ジョミーの人生を決定的にしたのがブルーですから、「地球へ行く」という意志を次代に引き継ぐ、というジョミーとブルーの関わりあいをより鮮明に描写すると考えると、かなり熱いものを感じる次第であります。あとは、キースとの絡みも付加したりして、登場人物が有機的に連係して物語にふくらみが出てきます。

 いやー、それにしても、ブルーは、後のことはキミに任せた、という空気がプンプン漂っていて、ナスカ編でホントウに力尽きてしまうのがありありとわかってしまうわけですよ。ちょっと、観ていてイタイ回でした。

 ところで、惑星破壊システム「メギド」を持ち出して、ナスカとシャングリラを抹殺しようとする地球の「国家騎士団」。キースが指揮を執っていました。

 「直接」手を下す、ということで、ジョミーとキースの対決をより色濃くしようということでしょうか。

 メギドシステム発射!でエンディング。ありゃー、いいところで終わってしまった。

 来週はブルーの最後の戦いです。

 次回、「永遠と陽炎と」

 ハンカチのご用意を。

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2007年7月15日 (日曜日)

地球へ… section15:変動の予兆

 ナスカ編は物語中のヤマ場の一つで、ミュウが地球のシステムへの対決姿勢を決定的にしたところなんだけど、そこに至るまでがかなりツライ話なんですよね。
 ソルジャー・ブルーの死も悲しいことだが、それ以上にナスカ編のラストというのは胸に迫るものがあるわけなんですよ、原作上。
 テレビ版では、ナスカ崩壊とソルジャー・ブルーの死でナスカ編のラストを締めくくりそうなんで、原作以上に劇的になることはおそらく間違いないでしょう。

 
 ナスカに降下する人類の宇宙船、仮死状態のトォニィとフィシスを人質にしてシャングリラからの脱走を図るキース、そしてトォニィが死んだと思ったカリナの暴走、と事態がいっぺんに動き出し、緊迫した回でありました。
捕虜の所在を見失い、カリナの暴走を止められないシャングリラ内部は完全な混乱に陥り、仕方なくナスカに降りたジョミーは降下するマツカの宇宙艇の対応をトキたち若者に任せて思念体でカリナを冷静にさせようとする。ところが、若者たちは不用意にマツカにコンタクトを試み、マツカを見逃してしまう。
 すべてが後手後手に回ってしまい、キースがいうようにミュウの危機管理の拙さが露呈してしまいました。ジョミーがカリナの対応に手一杯のときに、アタラクシアからの脱出以来昏睡状態だったソルジャー・ブルーが、何者かの思念(というのはトォニィのものなのだが)によって目覚め、シャングリラからの脱走を図るキースの前に立ちはだかる次第であります。
 目覚めたソルジャー・ブルーをどの場面に持ってくるのかと思ったが、キースと相対させるとは。そう来たか~。まぁ、カリナのシャングリラを破壊しかねないあの悲しみと怒りのパワーを抑えるにはジョミーの力でないといかんし原作でもそうなっていますからね。ミュウの「オリジン」としてのソルジャー・ブルーを実際目の前にしてちょっとだけ、実際に存在したんだなというちょっとした感慨を覚えたみたいです、キース。容易にキースの意識に飛び込んでフィシスと同じ記憶を垣間見たソルジャーの能力はさすがというべきでしょうか。ただし身体的にはもうヨロヨロなので、解放されたトォニォを助けるだけでやっぱ手一杯でした。
 抹殺の対象であるミュウなんか知ったことではないということなのでしょうが、宇宙艇を自爆させて自分だけ助かろうとするキース、非情ですねぇ。
 フィシスは間一髪、ジョミーに助け出されました。
 地球の情報を知る手立てでもあったキースに逃げられ、トォニィは仮死状態、そしてトォニィを失ったと思い込んだカリナは悲憤によって力尽きて死んでしまう。幸福な時が一転して、ジョミー達の先には暗雲がたちこめるのでありました。幸せを築くのは大変だが、壊れるときはホント一瞬だったりするんですよね。内部対立はあったにせよ、ナスカでの生活はミュウが自分たちのとるべき道を模索する試みでもあったわけで、時間をかければ世代間対立を乗り越えられる可能性もあったと思うのでありますが、無情にもそういう暇は与えられなかった次第であります。人類側に自分達の存在を報告されてしまったということは、最早致命的でありますな。
 さっそく人類側は惑星破壊システム「メギド」を使用する準備を整える、というところで次回へ。「アルテミアの虐殺」以来の惨劇が繰り返されるわけです。
 原作でも「ナスカ編」は物語中における重要なエピソードでもあり、ミュウの生存権を訴え、人間との共存を望んできたジョミーにとっても一つの転換点になるんですよね。対話を求めても一切耳を貸さない、交渉のテーブルにつくことさえできない、逃げつづけても追い討ちを加えられ、いくら訴えかけても相手から帰ってくる答えは「抹殺」の二文字だけ、という状況の中で選択しうることとは何か?その一つの答えをジョミーはナスカ編で導き出すのであります。

 次回、「赤い瞳 蒼い星」。

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2007年7月 8日 (日曜日)

地球へ… section14:同じ記憶

 永き眠りからブルーが目覚めます!でも目覚めたのは案の定最後の最後ですた。


【人間とミュウは相容れない】
 地球の座標を知ろうとキースの心理探査を試みるも、固い心理防壁に阻まれてしまい、ジョミーは心理探査を断念。直接言葉を交わして話し合いを試みる次第であります。
 ミュウの中(とくに若い世代の間)では、心理探査が不可能なら記憶を消去するなり殺すなりしてしまえ、というかなり過激な意見があったようですが、ジョミーは人間と同じことをしたくない、と拒否。シロエの時は記憶を消したじゃない?というツッコミはさておき、必要悪として記憶の消去をやったりしていてもやっぱりいけないことです。
 ジョミーは自分たちには人間と戦う意思なく、ただミュウの生きる権利(生存権)を認めて欲しいのだと訴え、ナスカから出るなと言われるならそれでも構わない、とまで言っていました。
人間にはない能力を持っているがゆえに人間扱いされず、見つかったら手当たり次第に“処分”されてきたミュウ達の、我々は生きたい、我々にも生きる権利があるじゃないかという主張は悲痛な叫びにも似ています。理不尽な仕打ちを受けて来た人々の苦難に思いを馳せればこそ、ジョミーの訴えというのは心に響くものがあるわけですが、他者の痛みを推し量る術を持たない者に対しては、そういう訴えも全くの徒労に終わってしまうのであります。悲しいことです。
 ミュウの抹殺を指令しているマザーコンピュータに絶対服従するメンバーズエリートにとっては、ミュウの生存権を認めるも認めないも一切考慮するに値しないのであります。キースはそのメンバーズエリートの最たる人になるわけですからね。
 ミュウの長老の中では過去の経験からそもそも話し合う余地などないから人間とは戦う道しかないと固執しているのもいます。そんな奴と話し合いを続けてもムダムダと周りから言われても、ジョミーは話し合いの余地を探ろうとする。何だこの野郎と互いに銃を向け合ってドンパチやって殺し合いを始めるのはホントに簡単なことですよ。そうではなく、まず歩み寄って対話をしようという姿勢の方にこそ凡そ優位性があるというものです。目には目を、というのでは何ら解決しないんですよ。
 確かに、話し合いをするにしても、互いに理解しあうというところまで行き着くのはそう容易なことではない。異質な者同士がどうやったら理解しあえるのかというのはこれまた難しい問題なのです。
ただ、むしろミュウの今の状況では話し合いの以前に人類と対等の位置を占めるところまで行くことが大変な苦労を強いられることになるわけでありますが。
 ミュウの能力がある限り人間とミュウは相容れない、と対話を打ち切ってしまうキースの反応は、地球の体制側の反応とイコールだと考えていいでしょうね。人類側に対話のテーブルに着かせないことにはどうにもならんというところでしょうか。


【同じ記憶】
 自分と同じ記憶を持つキースに惹かれてしまい、逃走経路を意図せずキースに教えてしまったフィシスにはあれやこれやと批判が集まりそうです。フィシスがキースの中のイメージを見て激しい動揺を覚えたのは、キースとフィシスにはある共通点があるということなのですが、次回あたりその辺が明らかになるのでしょうか。実はフィシスという人はミュウの中では特異な位置にある人なんですよね。


【ソルジャー・ブルー】
 キースを捜索しにきたマツカがナスカに降下してきて、一方、シャングリラではトォニィがキースを襲い、トォニィの身に起きたことを感じ取ったカリナがパニックに陥り、と事態がいきなり急転。そんなこんなでジョミーが対応に追われる中、ずっと床に伏せっていたソルジャー・ブルーがようやく目覚める。やはりここでお目覚めでしたか。ナスカに降りたジョミーに代わって、逃走したキースを追う展開になるのでしょうか。というか、もうすぐ燃え尽きるとか言っていたので、そんなに動き回れる力は残っていないのではないかと思うのですが。まぁ正直「ナスカ編」のソルジャー・ブルーってのは意外でしたから、興味津々ではあります。ナスカ編で完全にソルジャーの地位をジョミーに継承することになるのではないかと思う次第であります。ソルジャー・ブルーはやっぱり地球を見ることはできないのか・・・


 次回、「変動の予兆」
 カリナが~。

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2007年6月30日 (土曜日)

地球へ… section13:星に潜むもの

 今まで、ミュウ側、人類側とでそれぞれ展開されてきたストーリーが、ここから交錯しあって本格的にストーリーが動き始めることとなるのでありますが、ジョミーとキースの初対決の回でありました。


【たとえ理想だとしても】
 ナスカを巡って世代間の諍いが起きる中で、長老達と若者の願いをどうにかしてかなえてやりたい、と今回も思い悩むジョミーです。
 ナスカでは自然出産で子供達が次々と生れて来る、雨が降ればわずかながら花も咲く赤い大地で生きることは決して不可能なことではないこともわかってきた。じょじょにではあるが、ナスカ定住というのは現実味を帯びてきているのでありました。
 かといって、長老達が言うように地球へも行かなければならないと感じているのも正直なところ。だって、ソルジャー・ブルーとの約束がありますからね。あれは反故にはできないでしょう。
 今板ばさみ状態になっていますが、地球へ行くことと、ナスカに定住すること、というのは表面的には相対立しているのだけれども、そもそも根底から見れば、必ずしも矛盾するものではないというのが私見。それは「人類と対等の席につく」云々というジョミーの言葉にも表れていると思うのであります。
 ミュウは今まで迫害され、人間として扱われて来なかった。しかしナスカで自然とともに生き、子供を産み育ていく生き方を実現したミュウは、機械によって管理される世界を受け容れてしまった人類よりも、本来的な意味でより人間らしいですよね。
 そういう説得力を持ったミュウが、人類を束縛するSD体制と対峙するには、地球へ行くことも大事だけれども、ナスカで人間本来の生き方をミュウ自身が取り戻すことも肝要なことだったのだと思う次第であります。
すべては、SD体制を真っ向から否定するため、というわけです。人類と戦うこととなっても、本当の敵は人類じゃないんですよ。ジョミーの中では根本的なところはぐらついてはいないわけだから、世代間の溝を埋められるような 打開策が見つかる気はするんですが。
 とはいえ、あんまり悠長に構えていられないんですよね。


【急転】
 ジルベスター星系で多発する事故の原因調査で、メンバーズエリートのキースがナスカにやってきた次第です。
 連れて来た部下がマツカ以外みんな経験不足の新兵で惑星降下もできないというから、仕方なく単独でナスカに降下してきたのでありました。
 ジョミーとキースは互いの「感触」に「誰かに似ている」「お前を知っている」と何やら“ニュータイプ”的なことを言っていましたが、いったい何のことなんですかね。
 危険を察知したジョミーにあえなく捕まったキースはミュウの心理探査にかけられても地球の情報を明かさず、ジョミーを苛立たせますが、フィシスはキースの地球のヴィジョンに激しく動揺。自分の中のヴィジョンと全く同じだったからでありました。
 そういえば、原作では「ステーション編」で明かされていたキースの出生の秘密が、テレビ版では未だはっきりとは明かされていません。フィシスとキースを絡めて、二人がいったい何者かを明らかにしていくことになるんでしょうね。
 ここから事態は急転していくのであります。あんなことがあったり、こんなことがあったり、かなりイタイ展開になっていくわけで、原作を知っているだけに視聴者としては少々見ていて辛いものがあります。
 7月は「ナスカ編」のクライマックスを迎えることになりそうであります。そのクライマックスの前に特番があるらしい。


【フィシス】
 占いでナスカに不吉な風が吹く、と予見したフィシス。占いが出鱈目ではないところが、フィシス様のすごいところ。だからこそ、そういう大事なことはソルジャーに報告した方がよいのではないかと。


 次回、「同じ記憶」。
 トォニィ、独断専行か?!
 そして、ソルジャー・ブルーがお目覚め。今まで昏睡状態だったこの人、この危機的な事態にどう絡んでくるんでしょうかねー。

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2007年6月24日 (日曜日)

地球へ… section12:孤独なるミュウ

 ナスカに降りてから早3年。ナスカでの生活を巡ってミュウ達の間で対立が起りつつアリ。一方、ジルベスター星域で相次ぐ事故の調査のために、メンバーズエリートのキースが派遣されてきた、という話。


【諍い】
 ナスカで生きた3年の間で若者は地球へ行くことよりもナスカで定住することを選択しようとし、今もなお生れつつありそして処分され続ける仲間たちを救うためにも地球へ行くべきだとする長老達との間の溝は決定的に深まってしまった次第であります。

 旦那を不慮の事故で失ってしまったカリナは、ナスカの地に葬られた夫の側を離れたくないと言い、同世代の若者たちと意見を同じくする。ナスカで結婚してトォニィを生んだカリナにとっては、誰にも増して思い入れが強いでしょうからねぇ。

 ナスカに降りて自然とともに生きてみようという選択は最初はよかった。いつ着くかも分からない旅を続け宇宙を彷徨ってにっちもさっちも行かない状況に追い込まれていたのですから、ミュウ達はナスカで、地に足をつけ、作物をつくり、子を産み育てる、という本来あるべき生き方を実現することでき、安息を得ることができたわけであります。ミュウ達は確実に癒されていったのだと思います。

 しかし、幸せに浸ると、再び困難な道へ踏み込むのには二の足を踏んでしまうというのもこれまた人の性です。放棄された惑星で作物が育つようにせっかく努力してきたのに、手に入れたものを打ち捨てて地球へ向かうなどということはミュウの若い世代にとっては実に愚かしいことに思えたのでしょう。

 一方、人類から加えられた迫害の歴史を決して忘れない長老達は、仲間がどうなろうと自分たちさえ良ければ構わないのか、と若者達の利己的な言動を非難し、地球へ行くことにもはや執着すらしない若者たちにジョミーは愕然とする。

 ジョミーがナスカへ降りることを決断したのは、地球へ行くことを断念したからではなく、今の人間達が忘れてしまった人の営み、というのをミュウ自身が取り戻すべきだと考えていたからだと思う次第。人本来の生き方を実現したミュウがSD体制下の人類に訴えかけるには十分説得力が生れるじゃないですか、コンピュータに統制される人生でいいわけ?そんな社会に生きていていいわけ?と。僕たちを見てみろと。そのうえでなら、地球へ行くことの本当の意味を見極めることができるのではないかと思う次第。

 しかしつまるところ、ジョミーも行くべき道を模索中という状況だったのだと思いますねぇ。試行錯誤、ということですかね。皆を導く者の迷いは、内部で分裂や対立を引き起こすことにも繋がってしまう。皆勝手なことを言い出しますからね。

 その懸念どおり、世代間で溝が生れ、挙句の果てにはジョミーの意図するところを越えて、若い世代のミュウ達は地球へ行くことを拒絶し、地球へ行くことの意味そのものを無価値にしてしまったのでありました。
 いったん溝が深まるとそれを埋めることは容易なことではありません。地球へ行くべきだとする長老達の意見と、ナスカでの生活を大切にしたいと考える若者達の要望を両者ともに汲み取ってやりたい、と思い悩むジョミーでありました。
 そうこうしているうちに、徐々にジョミーたちに“危機”が迫っているのですが。


【マツカ】
 今回からマツカ登場。えーと、随分ナヨナヨとしたマツカですが、こんなカンジでしたかね。

【スウェナ再び登場】
 「宇宙鯨」を追うジャーナリストとして、キースに接近するスウェナ。原作はほんのちょっとしか出てこなくて、あっさり結婚してしまっていったん退場したというのに、いろいろ役回りが与えられています。「宇宙鯨」とそれに連なる「ミュウ」は国家機密事項ですから、スウェナも少々危ない橋を渡っていますよ。
 にしても、ジャーナリストいう職業があるくらいですから、ある程度、SD体制下でも選択の自由というのは認められているようです。


 次回、「星に潜むもの」
 いよいよ、ジョミーとキースが相対することになりますか。初めての直接対決となります。ここから、ストーリーは急展開していく次第であります。

 アタラクシアで「もうすぐ燃え尽きる」と言っていたソルジャー・ブルーですが、すでにあれから14,5年経過しています。そのままお亡くなりになるということはないと思うので、そのうち目が覚めることになるでありましょうが、それがいつなのか、というのがテレビ版では一つのキーポイントになりそうです。ナスカ編の最後の方ですかねー。それで真の意味でジョミーがソルジャーとなる、という展開。
 

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2007年6月16日 (土曜日)

地球へ… section11:ナスカの子

 ナスカの子、トォニィ誕生。喜びにわくナスカであったが、長老達は素直に喜べない。ミュウに世代間の亀裂が生じていく、という話。


【ここは地球ではない】
 地球を探し求めて宇宙を旅していたミュウは、人類側の追撃と見通しのない旅に憔悴し、にっちもさっちも行かない状況に追い込まれていた。ジョミーは、ミュウの未来をつなぐためには、地球へ行くことだけが唯一の道ではなく、今の人間が捨ててしまったかつての生き方を赤い星・ナスカで実践することで未来への展望が拓けると考え、ナスカに降下するまでが前回のお話。「ナスカ編」のプロローグになっていたわけであります。原作にはない部分でした。今回から本格的な「ナスカ編」のスタート。
 さて、ナスカへ降り立ったミュウは、150年ほど前に人類がテラ・フォーミングを断念した大地で、生活する場を作り、作物を育てる農作業場もつくったらしい。乾いた大地にそのまま種を植えても作物は育たないからでしょうね。おまけに、希薄な空気のため、ジョミー以外の虚弱体質であるミュウは生身で外に出るのは少々具合が悪い。そんな決していい環境とはいえないところでも、土を耕し作物を育てそれを収穫する喜びを心底味わい、宇宙船での生活ではなくナスカの地での生活は若い世代のミュウたちの心を捉えてしまったわけですな。そして、ミュウにとってはじめての母体からの子供の誕生という経験。カリナの出産の痛みと苦しみを共有したというのもこれまたすごい体験ですが、また子供が生れる喜びを知ったのでありました。ナスカの子・トォニィが生れたことで、地球への思慕とそこに行かねばならないという思いはますます薄れていくのであります。
 「地球へ」というのは、ブルーや長老たち比較的上の世代が長年抱いてきた思いであります。ただ、必ずしもブルーたちが掲げている「地球へ」の意味が明示されていないように思われます。なぜ地球へ行かねばならないのか?というそこんとこがちょっとわかりにくいところです。これは前回の感想でも書いたことですが、それゆえ、人間とミュウの故郷である地球へ帰ること、は目的がはっきりしているようで、その実かなり漠然としたもので、観念的なものに留まっているように思えるんですよね。地球へ行って自らの生存と人類との共存を訴えることであるにしても、あるいは人類と戦うことだとしても、それだけではミュウの未来が拓けるわけではない。ミュウが地球へ帰ることが可能だとしても、人間はそれを許さないでしょうね。その先にあるのはやっぱり人間と反目しあうことなんじゃないかと思うわけです。ミュウの生存を脅かすのは実際、異質なものを排除しようとする人間のミュウに対する偏見と怖れといった狭量な意識なのかもしれないが、人間にそうさせているのは何なのか?ということですよね、要するに。「地球へ」というブルーの思いは痛いほどわかってはいても、地球へ行くことの意味とは一体なんだろうというジョミーの中でもその辺の葛藤はあるわけで、地球へ行くことの本当の意味が見出せないままでは、同胞を導いていくことはできないわけですよ。ナスカで自然とともに生きよう、というジョミーの決断は、ウラを返せば迷いの現れでもあります。
 人類から受けた迫害の歴史を決して忘れず、地球へ行くこと(故郷に帰ること)に拘泥する長老達と、ナスカで新しいミュウの歴史を作ればいいと考える凄絶な体験を知らない若い世代の対立が表面化しつつあり、その狭間でジョミーは苦悩することになるわけです。うむむ、指導者というのはえらいキツイものですなー。


【再会】
 ナスカの上空で停泊するシャングリラの近くにワープアウトした貨物船に、サムが乗っていた。再会するジョミーとサムだったが、「アタラクシア」「ジョミー・マーキス・シン」という言葉を聞いた瞬間、“スイッチ”が入ったサムはジョミーに刃を向ける。って、ジョミー暗殺のために、差し向けられたってことですか。ほんとに偶然に再会したことになっている原作をほんのちょっと変えたわけですな。酷なことをするもんです、マザー・コンピュータ。サムの思い出を利用して邪魔者を消そうというコンピュータの冷酷さが実にうまいこと醸し出されていますねぇ。
ジョミーのかつての友人が突然現れたということで、ミュウたちはナスカが人類側に知られているのではないかと懸念する。
 で、その懸念は杞憂ではなく、まさしくそのとおりで、上級少佐となって出世街道驀進中のキースがナスカの星域に派遣されてくることになる次第。


【泣きネズミの名は】
 ネズミの名前なんてどーでもいいじゃんと、名前を付けてこなかったジョミーに代わり、視聴者が名前をつけてあげよう、という「泣きネズミの名前を募集!」とかいう企画で名前が決定。恵みの雨という意味を込めて「レイン」だそうで。


 次回は「孤独なるミュウ」。またひとり重要人物登場。

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2007年6月 9日 (土曜日)

地球へ… section10:逃れの星

 人類サイドのエピソードから、今回はミュウ側の視点へ。赤い惑星・ナスカに降りるまでの経緯を描いたエピソードであります。ハーレイの「航宙日誌」というスタイル。マメです、キャプテン。
 原作ではすでにミュウたちが「ナスカ」に入植している場面からはじまっています。原作やかつての映画版とは違う独自の解釈で展開していますね。といっても映画版の詳細はほとんど覚えていないが。


【赤い星ナスカ】
 ジョミーの提案で、2度にわたり人類にミュウ・人間の共存と自分たちの地球への思いをメッセージに託す。いつまでも逃げつづけ手をこまねいているのではなく、自分たちの意思を相手に伝えなければならない。そうしなければ事は何も始まらない、と恐らくジョミーは考えたのではなかろうかと思う。長老達は先刻人間に何を言っても無駄だと承知しているのに敢えてジョミーはメッセージを送ることに拘ったわけであります。ここでのジョミーの胸中には、人間には自分たちを受け容れるだけの余地が残っているという考えがあったのではないかと思う。しかし、自分たちを理解して欲しいと思っても地球のシステムに染まりきっている人間には全く通じなかったわけだ。話せばわかってもらえるんじゃないか、という淡い期待は打ち砕かれてしまったわけであります。人間と対話すらできず、しかもメッセージの“回答”は更なる人類側の追い討ち。長老達が懸念したとおり人類側のミュウへの攻撃は厳しくなってしまった。
 自身の判断が結果として自分たちを危険に晒してしまったことに失望はしているものの、自分たちは人間に敵対するものではなく、ミュウのような存在を生み出してしまった地球のシステム(体制)そのものをよしとしないのだ、というジョミーの考えは一貫しているのであります。ここが、他のミュウ達とジョミーの明らかな違いを示しているようにも思えますね。つまり、人間たちから排除され辛酸を舐めてきた歴代のミュウたちにとっては憎むべき相手は人間そのものであって、人間は信用ならない、野蛮な生き物だ、という偏見を自分たちの心に植え付けていったわけです。ところがジョミーは人間を憎むのではなく、ミュウを排除しようとする人間を作り出す地球の体制に目を向ける。何故彼ら人間はミュウを敵視するのか?自分とは異質のものを拒絶しようとする傾向にあるのが人間だとしても、それを乗り越えられる能力というのを人間は持っている。だとすると、ミュウを排除することを人間にさせているものがあるのではないか。それが地球の体制というわけであります。ある意味、人間を憎悪して戦うことよりも非常に困難を伴うことであります。地球のシステムの中で生きている人類にとっては、その中の世界こそが現実のものであるわけで、あなた達が生きている世界は実は間違ったシステムの上に成り立っているものなんだと言われても、そう簡単にああそうですか、とは言えませんよ。とりあえずコンピュータに支配される社会で多少の疑問は持っても満足して生きているわけですからね。これでいいのだと信じている人間の固定観念ほど厄介なものはなく、それを解きほぐすには余程の忍耐と粘り強さが必要なのであります。
 しかしこの忍耐も、地球への困難な旅を続けるミュウにとっては消耗と疲弊をもたらすものでしかなく、皆一様に暗~い顔になっちゃっている。幾つもの恒星系を発見してみたものの、皆太陽系ではなく、地球がどこにあるかもわからず、人間の攻撃からは逃げつづけなければならない。先々の見通しもなく、自分たちの未来さえ思い描くこともできない。
 で、ジョミーはカリナたち若いミュウたちとの対話の中で、一つのヒントを見出した次第。それはカリナが言った「どうして子供をつくらないのか?」という疑問。「地球へ・・・」の世界では自然分娩は行われなくなり、コンピュータの管理下で人は生み出されるのでした。いつしか人はそれが当たり前のことだと思い込み、ミュウの間でさえも、人と人が愛し合って子孫を残すことは倫理に反することだという先入見があったのでありました。ジョミーはその先入見こそがミュウの未来を閉ざすものだと考え、フィシスの占いによって辿り着いた、二つの太陽を持つ赤い惑星「ナスカ」で、大昔に人がかつて地球上でそうしていたように、大地で生き、自然とともに生き、そして子供をつくり、ミュウの未来を繋げようと決心するのでありました。それは、ジョミーの地球へのシステムへの抵抗の一環でもあるだと思うわけであります。
 地球へ行くことだけが、ミュウの未来を紡ぐことではないのではないかとジョミーは考えるのだけれど、それでは「地球へ」というソルジャーブルーの願いはどうなったのか?ということになるのですが、ジョミーの中ではブルーの願いは強くあるものの、一方で地球へ行くことそのものに実質的なあるいは現実的な意味を見出していないのではないかと思う次第であります。つまり、地球へ行くことは最終的な目的ではあるものの、「地球へ」という想念は今の段階では観念的なものでしかないのであります。であればこそ、宇宙を彷徨う旅に疲れ、希望を見出せない今のミュウ達に道を指し示し、地球のシステムとは一線を画したミュウの理想郷をつくることの方がより現実的ではないだろうか。
 この「ナスカ編」はジョミーの転換点にもなる重要なエピソードでもあります。ただ、悲劇への道にまっしぐら、なんで結構見ていてかなりイタイものがあるのでありますが。


【退場したと思ったら】
 スウェナが「宇宙鯨」のことをいろいろ調べているらしい。結婚して家庭に入って主婦しているのかと思ったら、国家の機密に抵触するようなアブナイ仕事をしているようす。原作にはない展開が拝見できるのでしょうか。かつての級友やジョミーと再会したりして。
 ソルジャーブルーは未だ存命中ではあるが、どうも意識がないらしく昏睡状態。原作ではアタラクシアであとは任せた、とすぐにお亡くなりになってしまうのだが、ここまで引っ張るということは、何かしらのジョミーに重要な示唆を与えるような展開とか期待していいかもしれない。


 再会といえば、来週はサムとジョミーが再会する話もありますねぇ。
 次回、「ナスカの子」。

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2007年6月 2日 (土曜日)

地球へ… section09:届かぬ思い

 「地球へ・・・」の「キース編」はシロエの死で終り。
 うーん、悲しい話でした。
 「大人になることのない永遠の少年、ピーターパン」への憧れは、イコール「成人検査」の意識的な拒絶だった。キースに撃墜される直前までピーターパンの物語を口ずさんでいたシロエの最期は切なかったね。


【真実を確かめろ】
 「あなたは成人検査を受けていない。マザー・イライザの人形だ」とキース自身も知らなかった事実を告げたシロエはネバーランドあるいはかつて父親が教えてくれた素晴らしい所“地球”への憧れを抱きつつ虚空に散る。
 話の筋は知ってはいるものの、やはりシロエの死は哀切極まりないものがあります。シロエの最後のシーンが原作よりも描き込まれていてより感情移入しやすくなっていました。
 忘れたくなかった故郷の思い出、両親の思い出を奪っていった成人検査とSD体制へ激しい憎悪を抱き、体制に従属する人間の代表格としてのキースを軽蔑したシロエは、キースが何者であるかを暴くことによって体制の非人間性とそれが唾棄すべき体制であることを証明しようとしたのではないかと思うわけだが、この抵抗も虚しく、シロエの思いは誰にも伝わらず、学友たちの記憶の中からさえも抹殺されて、シロエという人間はいなかったことにされてしまう。
 自身の人間性を傷つけられたシロエの怒りと悲しみは、結局誰にも受け止められず、彼が示した抵抗は、唯ひとり、挑発の対象だったキースの記憶に止められるのみになるわけであります。シロエのたった一人の「抵抗」は、彼の死を以って終わることになり、彼に続く者は現れないでしょう。悲しいことですが。
 政治体制でも社会体制でも、その巨大なシステムにたった一人で抵抗するというのは無理な話です。シロエはそれでも体制に抵抗することには意味がある、と考えていたと思いますよ。自分は体制には与しない、という明確な意思表示する。彼にとっては「マザー牧場の羊たち」のように従順になることは自分を殺すことに等しかったのだと思うわけで、彼の「抵抗」はすなわち自由意志を持ったひとりの人間たる証左でもあったと思う次第であります。
 しかしやはり残念なのは、その抵抗が「うねり」にはならない、ということなんですよ。皆シロエのことは知らないことになっちゃってるわけでしょ。日々コンピュータに管理され、コンピュータの指令どおりに人間同士でさえも監視している社会じゃ、連帯なんてとれないんでしょうね。こういう中で抵抗を試みるのは非常に困難なことなのであります。不穏当な言動が目立てば反逆者として捕まっちゃいそうだし。
 そうなると、内からではなく外からSD体制を変えるのでなくてはならなくなる。SD体制から排除されてきたもう一つの人類・ミュウが焦点となってくる。それは次回以降展開されてくることでしょう。
 シロエの抵抗はこれっきりになってしまったが、キースの人格形成に影響を与えたことだけは確かですね。キースの生育過程というのはテレビ版では明らかにされていませんが、普通の子供が養父母や友人に囲まれつつ人間形成していくのに、キースは成人検査の年齢(14歳)になるまでは“無菌室状態”で生育してきたわけで、人と人とのコミュニケーションの中で人格形成するという機会がなかったわけですよ。ただし、シロエとの接触はかなり動揺を伴うものではありました。
 キースが自分は一体何者だ?という疑問を抱きはじめたのは「人間らしさ」を持ち始めたという感もあります。マザー・イライザにとってはこれもキース生育プログラムの一部分に過ぎないかもしれませんが。
人間たちを指導していく人間を「創る」のに全くの機械的な人間じゃ都合悪いんですかね。それよりも、人間らしくかつコンピュータの意志を忠実に遂行できる人間、というのが最も理想的な人間」なのかもしれません。
 にしても、キースの疑問には一切答えませんでした、マザー・イライザ。原作ではあっさりキースに真実を伝えたんですがね。いつまで焦らすのでしょうか。


【メッセージ】
 ジョミーのメッセージを受けた人たち、ミュウの母船「シャングリラ」に遭遇した人たちは、真っ先に記憶を抹消されていました。ミュウの存在は機密事項なわけだ、やはり。こうなるとメッセージを送っても、結局揉み消されてしまうことになり、いくらやっても無駄ということだな。人類との対話を望んでも一向に埒があかないし、地球にさえ行けないし、行く道が見えない状態。
 八方ふさがりの状況で、ジョミーがとった行動とは、というのが次回の話らしい。

次回は「逃れの星」。
赤い惑星ナスカに降り立つ。これがまたキツイ話なんだなー。

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2007年5月26日 (土曜日)

地球へ… section08:震える心

 「今までのおさらい」なんていいからさっさと本編はじめろといいたくなる「アバンタイトル」は今週はなし。
 シロエ、ステーションの立入禁止区画へ。さてキースとは何者でしょう?


【お前達と俺とどこがちがう】
 シロエがコンピュータ・マザーイライザのデータバンクを探っていて発見した「F001」なる侵入禁止区画で見たものとは、試験管の中に漂う人間の姿だった。教育ステーションとか言いながら、そのウラでは何をやっているかと思えば生物実験だったわけですな。「マザー牧場」では、“従順な羊たち”を育てる一方で、SD体制のための“羊”を生み出すこともやっていたと。人を創り出すことは「やってはいけないこと」という倫理感覚があるわけで、このSD体制下ではその踏み込むべきではない領域に踏み込んでいる。
 幾度となく聞いたような話。30年前の作品ですからね。この「地球へ・・・」に関しては「人間を創りだすこと」自体だけでなく更に性質が悪いことには、コンピュータの管理体制下に置かれて人間が行動しているということでありますな。意志はいらない、捨ててしまえ、と言われて唯々諾々とコンピュータから出てくる要求を受け入れてしまうこの世界の体制の怖さです。そういう人間達を支配する体制に戦いを挑むのがジョミーなわけであります。今はまだ、宇宙を流浪していますが。
 それはともかく、ステーションに着いた新入生の船の中でキースの顔を覚えている者が皆無、成人検査以前の記憶がない、マザーイライザに全く知らない女性のイメージを投影させるキースに対する「マザーイライザの申し子」という譬えが単なる比喩ではないことは次回暴露されることに。


【シロエ】
 反体制的な言動を繰り返してしかも体制の機密事項を知ったシロエはもうヤバイです。お先真っ暗です。
 サイオンチェックを受けている中で、ジョミーに消されていたはずの「ピーターパン」の記憶が甦っていました。「助けて」と叫ぶシロエの声はジョミーに届くのかどうか。結末知っているだけに非常に切ないものがある。彼の助けを求める声がジョミーに届かないというのも悲しいが、更に悲しい展開にするなら、過去に助けようとした子供を再び助けられなかった、という展開もあり得る。さて、どうなることでしょう。
 原作ではジョミーとシロエは全く面識がないがここでは幼いシロエとジョミーが会っているという設定だった。このシロエとジョミーの関わりあいはただの蛇足じゃなくて、ちゃんと製作側の意図されたものだったのでありました。


【メッセージ】
 彼方から送られてきた地球のSD体制最高評議会(パルテノン)とのコンタクトを望むというジョミーのメッセージ。 その強い干渉波によって、訓練航行中のキース達の練習船が操縦不能に陥りキースの機転で難を逃れ、E-1077では保安隊が出動してミュウのメッセージについて全員に対して緘口令をしく。一般の人間にはミュウの存在というのは公然の事実じゃないらしいから、当然そうなるのでしょう。
 沈黙を続けていたミュウが人類に向けてコンタクトを求めてきたが、人類側がまともに取りあうことはないんですよね、悲しいことに。


 次回「届かぬ思い」。
 あー、やはりそうなるんですか。

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2007年5月20日 (日曜日)

地球へ… section07:反逆のシロエ

 前回に引き続き、人類サイドの話。

【僕たちには使命がある】
 前回から引き続き、話の舞台は教育ステーションE-1077。時は4年程経ち、新入生だったキースやサム達は早くも上級生、メンバーズ候補生となっていたと。
 前回ちょっと人間味があるかもしれないと書いていたキースは恋愛をしたり家庭を持つなんていう余裕はない、自分たちには使命があるのだから、と無表情に言ったりして、無機質ぶりを早くも発揮。キースにちょっとだけ懸想していたスウェナはもはやそんな彼についていけず、さっさとエリートコースに見切りをつけ、結婚するといって教育ステーションを去っていってしまう次第。原作ではチョイ役でしかなかったスウェナが、ジョミー、サムのアタラクシアでの同級生として登場してきたときは、もうちょっとスウェナ登場回を引っ張るのかと思ったが、ここは原作どおりあっさり結婚して第2の人生見つける、という展開でした。
 何事においても感情に支配されない機械のような完璧な人間キースに対し、様々なちょっかいを出してきたのが新入生、セキ・レイ・シロエ。キースの打ち立てた新入生の最高成績を抜いてみせると豪語したりして対抗意識を剥き出し。少年らしい傲慢さと不遜な態度が同級生や上級生に煙たがれるわけだが、一方で持ち前の明るい性格とその目立つ行動で人気もそこそこある。反面、ここにいる奴らはみんな「マザー牧場の羊」だ、と教育ステーションにいる人々を冷めた目で見て、反体制的とも受け取られる挑発的な言葉でサムたちを驚かせたりする。というのも、シロエは自分から両親の記憶を奪ったコンピュータ「テラズナンバー」やそのコンピュータを中枢とする特殊政府体制に対して激しい憎悪を抱いているわけであります。故郷「エネルゲイア」のことや両親の記憶があいまいになっていく中で、自分を培ってきたものが無くなっていくことに恐怖すら覚えている。多くの子供達が特殊政府体制の教育プログラムを従順に受け入れる中でシロエだけはそれに暗に反抗する。以前、シロエは、ジョミーと出会ったときに成人検査の後では大好きなママやパパのことは忘れてしまうよと言われ「ボクは絶対に忘れない」と強烈な拒絶を示した。シロエの両親の記憶への固執が強烈だったのか、朧げに両親の顔を乏しい記憶の中で止めているとはいえ、結局、ほとんど記憶を失ってしまったわけであります。機械によって加えられた屈辱は彼の中で激しい反逆心を育てていった次第であります。成績も優秀で人気者でという一見問題なさそうなフリをして、その実、「マザー牧場」を軽蔑している。行動は矛盾しているようですが、本質的な部分では筋は通っていますよね。
 衣食住が確保されて何らかの不自由さを感じなければどういう体制であれ順応し適応していくのが人間の一面でもあると思うわけで、自らが構成する社会のシステム的な部分なんかはそれほど自覚的になるってことは少ないと思うんですよね。それは要するに、その社会システムの問題点に目を瞑っている、あるいは無知ゆえの無関心とか、そういうことが自覚的になるってことに繋がらないことになるのだと思うわけで。シロエは「マザー牧場」を見て、コンピュータが管理する社会体制とそれに疑問すら抱かない人間達に気づいてしまったわけですな。何なんだこれは?と。機械に言いようにされて皆くやしくないのか、と。
 で、その憎むべきコンピュータの申し子、機械の申し子と言われるキースに対し、彼の反抗心の矛先が向けられるのは必至だったというわけであります。
 キースはキースで最初のうちは相手にしなかったが、「過去の記憶もなく、感情もなく、人間らしさもなく、機械仕掛けの操り人形」だと言うシロエの挑発に乗ってしまい、彼に一発を食らわす。初めて“感情的”になってしまった自分にちょっとびっくり。あいや、シロエの言葉の幾ばくかには“真実”が含まれているんですけどね。キース自身もまだその“真実”を知らない。これが今後シロエによって暴かれていくわけですが。


【宇宙クジラ】
 人々の間で“伝説”となっている「宇宙クジラ」。あれはミュウの母船「シャングリラ」。そういえば、シャングリラのフォームはどことなく「クジラ」に似ていないくもないです。胴体の横から出ている翼の部分か、クジラの胸ヒレにも見えますし。ミュウの存在は重要機密事項らしく、一般の人々には知らされていない。なので、「伝説の宇宙クジラ」ということで人々の目を欺いているんでしょうかね。あるいは、ミュウたちが自分たちの存在をカムフラージュするために、「宇宙クジラの伝説」を作っているのかもしれません。
 しかし、「帰る場所もなく何かを求めて永遠に暗い宇宙を彷徨いつづけている」、という「宇宙クジラの伝説」は、アタラクシアを飛び立ったミュウたちの置かれている状況奇しくも言い当てているような気がしますねぇ。物悲しいですな。

 次回、「震える心」
 ミュウから人類に向けてメッセージが届くが・・・

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2007年5月12日 (土曜日)

地球へ… section06:ステーション E-1077

 舞台は変わって、宇宙空間に浮かぶ教育ステーションE-1077。物語の視点はミュウ側から一時離れて、人類側へ。


【友達は重要か?】
 メンバーズ・エリートとして人類側の指導者となりジョミー達ミュウに敵対することとなる、キース・アニアン登場回。ジョミーがミュウ・サイドの主人公とすれば、キースは人類サイドの主人公。
 今回の舞台となる教育ステーションE-1077には、成人検査を通過した子供達が、さらなる教育を受けるところだが、その先には適性の如何によって様々な将来が“用意”されている。優秀な者は「メンバーズ」と言われる超エリート集団に属することができるらしい。
 成人検査を通過したサム・ヒューストンもE-1077に来ており、そこでどうも“毛色”の違った新入生を見つける。それがキース・アニアン。新入生の皆が不安な面持ちでいる中で、一人冷静沈着でおり、新入生の前期試験で記録を塗り替える成績を収めた優秀な人物。しかし、成人検査の前の記憶がない、という。
サムによれば、成人検査通過後は、それ以前の記憶が曖昧になるというから、まぁそんなもんか?とも思ったりするのかもしれないが、それにしちゃ不可解。
 初っ端からE-1077のカウンセリングルームで目覚めるところからいきなり始まって、白衣の研究員らしき人がガラス越しにこちらを見ている、というキースの記憶からして、普通の出自じゃないことをすでに匂わせているので、そこのところから“毛色がちがう”というのがバレバレ